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悩めるラリー・ペイジ、大企業病にかかるグーグル、エリック・シュミットの功績。ニコラ・テスラへの憧れ via Gigazine

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グーグル、そしてラリー・ペイジを語るには、まず、このコラムを読むべきだろう。

悪童ラリー・ペイジの成長ぶりがよくわかる。当然、新生グーグルへの期待感をもたせる誘導記事ではあるが、あの超成長期のグーグルでさえ、内部はゴタゴタだったことがよくわかる。

Googleのラリー・ペイジがCEOに返り咲いた舞台裏と貫かれている思いとは
http://gigazine.net/news/20140502-larry-page-untold-story/

Larry Page: The Untold Story – Business Insider
http://www.businessinsider.com/larry-page-the-untold-story-2014-4

Google社は1998年にラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏によって設立されました。ペイジ氏は2001年に最高経営責任者(CEO)の座をエリック・シュミット氏に譲りましたが、10年後の2011年にCEOに復帰した。

ニコラ・テスラ

テスラは20世紀を代表する発明家のトーマス・エジソンの会社で働いていたこともあります。テスラとエジソンのエピソードとしては「あなたの作ったモーターと発電機を改良できます」と言ったテスラに対し、エジソンが「もしできたなら5万ドル(約500万円)やろう」と答えたものの、いざテスラがモーターと発電機を改良すると、エジソンは約束は冗談だったとして10ドル(約1000円)の賃上げを行っただけだった、というものがあります。テスラは激怒し、会社をやめて新たに自分で起業します。しかし、彼が生涯にわたって求め続けた投資は一度も叶えられることなく、1943年、偉大な発明家は1人孤独にニューヨークにあるホテルの一室で息を引き取ります。

テスラの伝記を読み涙を流した少年ラリー・ペイジは「大きなアイデアだけがあっても十分ではなく、商業化が必要なのだ」ということに気づきます。また、トーマス・エジソンのような人物に利用され、自分の夢が皮肉的な終わりを迎えることに注意しようと彼は心に刻みました。テスラの生涯は、この後のペイジ氏の人生の中で重要な意味を持つことなります。

ペイジ氏はあまり社会性のあるタイプではありませんでしたが、学生時代には彼の未来への展望やテクノロジーを通じて他の人々と繋がっていました。そしてGoogleでも、学生時代と同じ、人間の「感情」に配慮しない方法で繋がろうとしたのです。Googleを設立してからの数年間は、何百万もの人々が利用するツールを作りだし、彼が得意とする「アイデア」や「成果」に焦点を置いたやり取りが中心だったので問題ならなかったのですが、会社が大きくなった時、彼のコミュニケーション方法が問題となってきました。

ペイジ氏は自身のルールについて、以下のように示しています。

1:人に任せない。自分でやった方が早いものは自分でやる。

2:価値を上げないのならば、人の邪魔をしない。あなたが何かをやっている間に、人々に仕事をさせてください。

3:官僚にならない。

4:アイデアは年齢よりも大切。年が若いからといって、協力し尊敬するに値しないということにはならないのだから。

5:もし他人に対して「ノー」と言うならば、相手の仕事を完遂させる別の方法を見つける手助けをしなければならない。ただストップをかけるのは人が起こす行動のうち最悪のこと。

会社の経営者にありがちな傾向として、「人を頼らずに自分自身ですべてを完璧にしようとする」というものがありますが、ペイジ氏もこの性質がかなり強かったようです。

 

スティーブ・ジョブズ氏がAppleを解雇されて、再びCEOに返り咲いたのは有名な話です。その後のことを考えると「なぜジョブズを追い出したんだ!?」と思ってしまうところですが、ジョブズ氏は怒りっぽく意地悪で“破壊的”な人柄だったため、Appleがジョブズ氏を解雇しても仕方がないといえる状態でした。Appleを解雇され、新たなキャリアを築く過程でジョブズ氏は謙虚さを身につけ、人として成熟して、Appleを世界で最も有名な会社にすることができたのです。

ペイジ氏はGoogleから追い出されることこそなかったものの、Googleにおける「Apple追放前のジョブズ氏」のような存在になっていました。会社には共同設立者がいましたが会社の舵取りは本人が担当し、自分の望みを無視されて別のCEOを雇うことになったという流れにも、どこか重なる部分があります。

 

当初は新たな「階層」に不満を抱いていたペイジ氏でしたが、次第にシュミット氏の力を評価するようになります。ペイジ氏の目的は子どもの時から一貫して「世界をよりよくするものを開発し、それを商業化すること」でした。Google検索の「開発」を行ったのはペイジ氏ですが、シュミット氏はペイジ氏のビジョンを資本化し、「会社」を作るのに大きな役割を果たしました。テスラの伝記にはエジソンのような“悪漢”が何人も出てきましたが、シュミット氏はどの悪漢とも違う存在でした。

ペイジ氏はシュミット氏に心を許すのと時を同じくして、どんどん裏方へと回るようになります。2007年には自分が会議に出すぎていると感じて会議への出席を断りだし、2008年ごろにはインタビューに答えることもやめてしまいます。それはシュミット氏の仕事だったからです。

 

ペイジ氏のビジョンの1つには「地球上の人々が携帯型のコンピューターを持ち、ポケットの中でGoogleに接続できるようにする」というものがありました。彼はこれを実現するべく、自分と同じ大きな野望を持っていたAndroidというスタートアップを、シュミット氏には知らせないまま買収。AndroidのCEOは、エンジニアでAppleの元役員でもあるアンディ・ルービン氏でした。

名目上はGoogleの一部となったAndroidですが、ペイジ氏がルービン氏に対し自由裁量を認めたので、ほぼ独立した会社として存在していました。建物もGoogleとは別にして、一般社員は立ち入り禁止。Androidの買収には5000万ドル(約50億円)がかかっていますが、Googleにとって気にするほどの額でもなかったようで、シュミット氏はAndroidの存在を黙認していました。

一方でペイジ氏はルービン氏と多くの時間を過ごし、Androidの開発に情熱を燃やしました。Android以外に使う時間がほとんどなくなっていたことにペイジ氏は罪悪感を抱いていましたが、その分はシュミット氏が補っていました。

そして2008年に、ルービン氏は最先端技術を駆使したモバイル端末向けOS「Android」をT-Mobileの「G1」というモデルにインストールして公開。2007年にAppleが既にiPhoneを発表していましたが、Androidは端末メーカーがどこであるかに関わらず自由にインストールできるという点がポイントでした。

2009年の第2四半期、Androidをインストールしたスマートフォンは全体のうち1.8%しかありませんでしたが、翌年の第2四半期には市場の17.2%を占め、トップに君臨していたAppleを抜きます。そしてAndroidはすぐに世界で最も有名なOSとして名を馳せることになります。Androidの成功の裏で、シュミット氏の監督のもとGoogleもまた大きく成功しており、2010年には会社の時価総額は1800億ドル(約18兆円)に、従業員数は2万4000人に到達。

 

◆新しいラリー・ペイジ
ペイジ氏がまず上級マネージャーを再編成。YouTube・広告・Google検索など重要なところから作業に取りかかり、Androidのような成功を目指しました。そして、Facebookに対抗するソーシャルなサービスとして「Google+」を開始し、2011年の夏にはそれぞれのプロダクトを一貫性のある形へ再設計しました。

また、Appleやその他の企業から裁判を起こされないよう特許を取得するため、125億ドル(約1兆2700億円)でMotorolaを買収。ChromebookGoogle Glassなども次々に公開していきます。そして2012年の終わりには、誰でもブロードバンドの100倍の速さでインターネットができる光ファイバーケーブルサービス「Googleファイバー」の提供をカンザスシティで開始。

信じられないほど大きな夢を持っていた子どもの頃のペイジ氏を知っている人以外は彼の行動に驚きましたが、彼は自分の持つ最速のスピードで夢を現実のものにしました。周囲の人々は、ペイジ氏が裏方に回っていた間にどれほど変化したかを実感することになります。

2013年2月、ペイジ氏はGoogleの取締役たちに向けてスピーチを行いました。

Googleの野望が信じられないほど高くを目指すもので、今スピーチを聞いてる人々が内輪争いをやめない限り目標に達することができない、と切り出したペイジ氏。スピーチの中で、過去のGoogleや自分がメンバーに攻撃的であることを要求していたこと、そして自分が誰よりも攻撃的であることを認めつつも、ペイジ氏は「Googleは『争いゼロ』の会社であるべきだ」と語りました。さらに、今まで想像さえしていなかった方法で問題を解決したり、全てを包括する新しいマーケットを作り出したりするためにこれまでの10倍成長する必要があり、そのためにGoogleの取締役たちは共に働くことを学ばねばならない、と続けました。

在籍期間の長い人ほど、このスピーチと内容から伝わってくるペイジ氏の変化に驚かされました。

◆全ての望みと必要を理解すること
ペイジ氏がGoogleのCEOに返り咲いて今年で4年目。株価は1株あたり700ドル(約7万円)で、年間収益が1000億ドル(約10兆円)を越えるのもそう遠い話ではありませんが、ペイジ氏はすでに「検索の次に、Googleは何ができるだろうか」と考えています。

ペイジ氏とGoogleは「Google検索」と「Android」という2つの大きな技術を生み出しましたが、Androidは基本無料で提供されているため、Googleにとっては「Google検索を使ってもらうための拡張的な事業」といった位置付けに過ぎません。Googleの収益の90%は広告で、総収入の70%は検索広告が生み出している状態です。ネット広告にかけられる予算の割合はすでに雑誌広告と新聞広告を合わせたものを越えており、やがてはGoogle検索が地球上にあるほぼすべての宣伝費用を飲み込んでしまう日が来ることすらもありえないことではありません。そうなると、Google検索には成長の余地がなくなってしまいます。

だからこそ、ペイジ氏は「未来はどこに向かい、Googleは何を作り出すのか」と自分自身に問いかけて、自動運転カーや人工知能を開発したり、健康と人間の幸福を改善する新しい会社「Calico」を設立したり、Googleファイバーの提供を開始したりしました。2013年にはスマート火災警報器「Nest Protect」の開発元を買収、2014年4月にはソーラー駆動の無人航空機を開発する「Titan Aerospace」も買収しました。これらの大きな野望を抱いたプロジェクトは、Googleの中で「moonshots」と呼ばれています。

Googleは一見さまざまなビジネスにランダムに介入していっているように見えますが、その背後には重大な目的があります。ペイジ氏が思い描いているのは「我々の触れるものは全て人工知能を持つコンピューターと接続しており、人工知能は我々が自分で必要なことに気づくよりも早く何が必要かを認識する」という世界です。

つまり、彼のビジョンでは、誰かが家の中を歩いて「寒い」と感じるとスマートウォッチがユーザーの感情を調べだし、サーモスタットがユーザーを暖めるように機能することが可能。もし牛乳が足りなければ、スマート冷蔵庫が自動運転カーに指示を送り、Googleのロボットによって運営されるスーパーマーケットで買い物が行われます。これら全てはGoogleの根幹である検索エンジンが中心となっているので、「完璧な検索エンジン」を作り出すためにGoogleはさまざまな分野に手を伸ばしているというわけです。

ペイジ氏の描く世界を恐ろしく思う人がいるかもしれませんが、彼は人々を利用して人工知能を開発しようとはしているわけではなく、「テクノロジーは人々の生活をよくすることができる」と心から信じ、ユートピアを思い描いています。

12歳のラリー少年が読んだ、貧しいまま無視され続けたニコラ・テスラの晩年とは異なり、ペイジ氏は野望のために数十億ドル(数千億円)と無数の時間を費やしています。2013年に行われたGoogleカンファレスを「現代の人々が狩猟や農耕で暮らしていた祖先の生活を『ありえない』と思うように、未来の人々は今の我々の生活を見て『ありえない』と思うでしょう」という言葉で締めくくったペイジ氏はこの先、いったいどんな「ありえない」未来を実現するのでしょうか。

 

… 少し、抜粋しようと思いましたが、重要なところだらけで、かなり全文に近いコピペになってしまいました!

Gigazine  翻訳ありがとう!

 

 

 

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