東京拘置所獄中記-3-

読者の皆様、この獄中記ですが、誤解がないようにお伝えしますが、すでにボクは出所しておりますので、ご心配なく。面会にいらしてもいませんのでご注意ください。お気持ちだけいただいておきます。ありがとうございます。

堀の中は、タオルと歯ブラシしかないので、すべて記憶で書いております。また、この獄中記と共に、セグウェイ事件の全貌が先週の「週刊アスキー(毎週火曜日発売)」から4週連続で連載されていますので、そちらでは写真とイラストつきでお楽しみください! 毎週月曜日発行の日刊デジクリの方が展開は早いので、待ちきれない方は、メルマガと週刊誌での「獄中記」をどうぞ!

ここは北京の安ホテルと思えばいいんだ

さてさて、今週の「東京拘置所獄中記-3」は、二日目の最初の朝のお話です。
なんだか「冬のソナタ」ならぬ、「塀のカナタ」にしてもよかったかな?

ボクはふだんはベッドで寝ている。畳の上で寝るのは旅行の時くらいだ。冷房完備の東京拘置所の独房は、畳のいい香りにつつまれて敷き布団とシーツと上掛布団で眠りに包まれていた。

朝は7時にラジオで起床の挨拶が流れるという。その5分後に着替えて座り、刑務官の点呼に応じるというところまでは前日に、ケーシー高峰な「先生」に教わった。独房だったので、いびきや歯ぎしりで文句を言われることもなく、旅
館に泊まっているかのような寝心地だった。さらに畳が、低反発する心地よい寝心地を楽しんでいたが、突然その静寂は打ち破られた。

「起きろ! 起きろ! 200番! カンダトシアキ!」とドンドンとドアをたたく。いきなり温泉旅館に無礼者がやってきたような気分だ…。超低血圧でテンションが低い朝のボクの反応は、刑務官を満足させなかったようだ。

「いつまで寝てるんだ〜! ラジオで起きろ〜!」とドヤされる。前と前右、前左の独房の人も興味本位で覗き込んでいる。どうやらボク前の独房は三部屋とも外国人のようだ。

突然、刑務官が、「すまんすまん、ラジオのスイッチを入れてなかったかぁ…」とボクに謝っているようだ。頭が徐々に動きだしてきたが、まだ意識が鈍い…。
いつもなら、この鈍さを楽しみながら、タリーズコーヒーのダッチマンズブレンドを6、ミルクを4のラテが、ボクを睡眠界から人間界へ誘ってくれるはずだった。

しかし、ココではそんなブツはない。「今、点呼なので、名前と番号をいって」と刑務官にバツが悪そうに言われた。「200番 神田敏晶です!」といきおいよく言ったつもりだが、声が裏返ってしまって、ちょっとこちらもバツが悪かった。

「すぐに朝飯がくるから、ふとんをノートに書いてあるようにたたんで、小机を出して待っていなさい」といって隣の部屋の点呼を取った。「201番 アダブカダブラ(?)…」「202番 サイモン○△□×□ 」どうやらこの房は、外国
人だらけのようだった。

「”いよいよ朝ご飯だ! ”」
なぜかコーヒーが飲めなく、覚醒していなかったが、TVも何もなく、そしてすることがない。ほんの数分の”す”が耐えられないほどの暇な時間だ。朝ご飯を食べたいのではなく、部屋に変化が訪れることが待ち遠しかった。

ガラガラと数人が食事を運んでくる。本当に旅館にいる気分だ。ホテルでも朝食は、バイキングという名の自分で取りに行かされる労働を強いられるのに、ここではデリバリーのまかない付きだ。ちょっと、愛想とサービス精神に欠如
しているが、北京のサービスだと思えば許せる。そうだ。ここは北京の安ホテルと思えばいいんだ。

独房には、外から鍵が掛けられた引き戸があり、その横にB4サイズほどの窓とA5サイズの物を置けるスペースがある。どうやって受け取るのかわからなかったが、ドアにかけられた「新入」の文字を見てかどうかはわからないが、給食を届ける53番のやさしそうな先輩(年は20代前半かな)が教えてくれた。

「最初にご飯用の食器をお願いします」「あっはいはい」といって黄金色のアルマイトの食器を差し出した。テキパキと受け取って、ご飯をよそってくれて受け取る。「あちち!」。まさかこんなホカホカとは思わなかったのでビックリした。「次はおかず用のまるい皿をお願いします」「はい」。みそ汁がこれでもかというほど、なみなみと注がれる。

さらに優しい先輩は、具も追加してくれた。さらに、納豆とのりが最後に登場してきた。そして、もう一皿と合図されて期待して出すと、それには、醤油がたっぷりと注がれただけだった。ちょっとがっかり…。

しかしである。これはヘルシーの玄米ご飯定食で「ザ・めし家」や「大戸屋」あたりでは、390円はするだろう。卵があればさらによかったのだが…。納豆パックにはカラシ付きで醤油とまぜて、玄米ご飯に海苔をのせて食べる…。「う、まいう〜!」と古いギャグが出そうなくらい美味かった。難をいえば醤油がちょっと合成っぽかったが、これを100%大豆にすれば、旅館としても立派になりたつかもしれないと思った。

部屋に時計がないので時間はわからないが、7時10分が朝食なので、7時30分くらいだろう。また、することがなくなってしまった。そうだ、食事はもっとゆっくりと食べないと、することがなくなってしまうことに気づいた。だから、食器は丁寧にゆっくりとゆっくりと洗った。

少し便意を催したが、外をバタバタ刑務官がうろついているのと、ついたてで局部は隠されているが、胸から上がまる見えなので、あとにすることにした。
やはり小の時もなぜか、外の気配を感じながら、人気がない時に用を足すようになっていた。自分が、なぜか気の弱い小動物になったような気がする。

自分のアイデンディティーがあるものが、タオルと歯ブラシだけなのはつらい。今まで自分を演出するモノにあふれて生活するだけに。歯ブラシひとつになった時に、どれだけ自分を維持できるかという事態は初めての経験であった。しかも自分の歯磨きは預けて、部屋にある歯磨き粉で磨くのだ。味がなんだか妙だが、なかなか自然な磨き心地だ。

今は、8時頃だろうが、労役は、まだかとずっと待ち続ける。本当に何もすることがないので、1分が30分くらいに感じる。ノートもペンもないので、この中の出来事をどれだけ記憶にとどめることができるのかと不安に感じる。

すると、しばらくしてから、ラジオ体操の時間だという。第一だ!。運動するつもりがなかったので、ねそべってリズムだけを足で刻む。それも退屈なので、ウラで拍子をシンコペしたりしたりするが、あまりそれ向きの曲ではない。仕方なしに体操に参加しようとしたら、突然終わってしまった。あらら、ついてない。

その後、ラジオというよりも、拘置所内放送からNHKのニュースが流れる。アテネオリンピックの結果が伝わってくる。「谷選手、金!」でアナウンサーも嬉しそう! しかし、なんで俺はこんなところで金メダルのニュースを聞いているんだろうと思った。「たかがセグウェイ、されどセグウェイ byかんだとしあき」みたいな気分だ。

ラジオは次に音楽となってきた。いくつか流れたが、アニマルズの「朝日のあたる家」がお気に入りのチューンだ。独房の窓を眺めると、さらに外にくもりガラスサッシがあり、直接太陽は見えない。しかし、朝日を感じることができた。まるで、刑務所映画のオープニングのように、アニマルズのサウンドが心にしみいる。

しばらくすると、新聞が回覧されてきた。何時かわからないが、15分後にブザーを押して、次にまわすこと…といわれる。「15分ってどうやってはかればいいんですか?」と、あわよくば時計を借りたい趣旨の質問をすると。「だいたいで、いい」という。うーん。だいたいだなんて…。

読売新聞が回覧される理由が知りたいなあ。朝日や毎日や日経でなく、読売を取らないといけない理由が拘置所にあれば、癒着かなとか、いつものように身勝手な推理ゲームで楽しむ。

新聞があってよかった…。その後、ブザーを押して新聞を返した。また、暇な時間がやってきた。返すのではなかったと少し後悔する。怒られてもいいので、人にかまってほしいゾ!。

地獄のような退屈な時間を過ごすと、昼食の時間だという。とても食べきれないけど、やはり変化が部屋に訪れることがうれしかった。そういえば、美味しかった朝食も量が多かったので、今度は少なめにしてみよう。

お昼ご飯が届いた。旅館ごっこもそろそろ飽きてきたゾ。「すいません、ご飯は半分でいいです」というと、優しい先輩は、「規則で全員同じ量です。半分はできません。残してください」と言われる。なんと残してもいいと、国営の
施設が税金でまかなっているとは思えない無駄を発見してしまった。普通、ご飯は少なめにして、犯罪者には反省させるべきだと思うのだが…。拘置所にいると、絶対に太ってしまうぞ。栄養もバランスもばつぐんで…。

お味噌汁は朝と同じ味付けだが、ジャガイモと油アゲとタマネギとなんと三品も入っている。自分で作るみそ汁でもこんなに三品もいれていないから嬉しい。
お昼はパスタ…というよりも、古い喫茶店の「ナポリタン」だ。うわー、嫌いなケチャップたっぷり、アルデンテの反対の麺。しかもお決まりのグリーンピース。…と思ったらもう一品。鶏肉のピカタのご登場である。すごい豪華!
お昼でメインが二品もあるではないか? ひなびた喫茶店では780円ランチバリューだ。夜はどんなフルコースディナーが登場するのか、あまり食べずに残してダイエットしておくことを決めた。

しかし、食後のあとにコーヒーがないのがとてもつらい。コーヒーがないだけで、これだけつらいので、タハコを吸う人はきっと死んでしまうだろう。夜になるとビールが飲みたくなりそうな自分が怖い。

次号へつづく…。

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