310 Views

もしもエジソンが履歴書を書いていたら…

スポンサーリンク

ユニークな企画だ…。エンジニア専門の転職情報サイト TECH総研 より
http://next.rikunabi.com/tech_souken/

今回取り上げたのは、ご存じ「トーマス・アルバ・エジソン」。白熱電球や蓄音機など生涯で1000以上の発明を生んだ生粋のエンジニアである。
エジソンには大きな転機がある。29歳のとき、自分の研究所を設立したのである。「発明や研究に没頭したい、もっと世の中を便利にするものを自分の手で生み出したい」という強い思いを抱いて研究所を設立したわけだが、こうした思いや決断は現代のエンジニアも日常的に感じたりしているのではないだろうか。

そこでエジソンが、「もしも29歳のとき、自分の研究所を設立せず、企業に転職するつもりだったら……」と仮定してTech編集部でレジュメを作ってみた。

1862年(15歳) 電信技術を習得
独学でモールス信号を、約3カ月で電信キーを完全にマスターする
1863年(16歳) 鉄道駅の電信員として勤務……(ポイント1)
カナダ・オンタリオ州ストラトフォード駅で夜間電信員として勤務
その後、ミシガン州、オンタリオ州、インディアナ州、オハイオ州、テネシー州などの鉄道駅で電信員として勤務
・1級通信士の資格を取得
・二重通信方式の電信用中継器を試作
・ニューヨーク~メンフィス間の電信用中継器を開発
1865年(18歳) AP通信に勤務
ケンタッキー州ルイヴィルのAP通信支局に報道通信の通信員として勤務
・カッパープレイト書体を完全マスター
・自動調整機能付き中継器、増幅中継器を構想
・マイケル・ファラデーの『電磁気学』を独学で習得
1868年(21歳) ウェスタン・ユニオン社に勤務
ウェスタン・ユニオン社のボストン支局に電信技師として勤務
  ・電気投票記録機を開発、最初の特許を取得……(ポイント2)
1869年(22歳) ゴールド・アンド・ストック相場電信会社に勤務
単身ニューヨークへ移転、ゴールド・アンド・ストック相場電信会社に勤務
・監査役、後に通信部門の責任者を務める
・ニューヨークじゅうの加入者へ取引価格を配信する大規模ネットワークを構築
  ・株式相場の電信表示器(ティッカー)を開発、特許取得……(ポイント3)
同社を退職、フランクリン・ポープと共同で「ポープ・エジソン商会」を設立
・主な業務内容は、私設回線リース業、警報機設置、通信機材購入代行など
・ティッカーの特許を4万ドル(452万3240円)でゴールド・アンド・ストック相場電信会社に売却
1870年(23歳) 独立して自分の工場を設立
4万ドル(452万3240円)の自己資金を元手に独立、ニュージャージー州ニューアークにティッカー製造工場を設立
1872年(25歳) 独立して自分の工場を設立
工場建設を進め、計5カ所に拡張……(ポイント4)
自動電信機、二重通信方式、四重通信方式、電気ペンなどを開発・特許を取得……(ポイント5)

・自動電信機…1分間に1000語以上の送信が可能な自動電信機を開発(手動電信機は1分間に50語程度)
・二重通信方式…1本の電線で同時に2つの通信文を送信する方法を開発
・四重通信方式…4つの通信文を1本の電線で同時に送信する方法を開発
・電気ペン…電気インパルスを使って文字を送信する電信用のペンを開発
1875年(28歳) 「エーテルの力」を発見
電磁誘導を超えた非電気的な現象を発見。エネルギーが自由に空間を移動していることを示唆

 

最後に念のため。実際には転職などせず、29歳で拠点をメンローパークに移し自ら研究所を設立。以降、そのエジソン研究所から数々の発明を生み出したエジソンの人生を簡単に紹介しておこう。

1876年(29歳) ニューアークの工場を処分し、新たに研究所をニュージャージー州メンローパークに設立。同年、炭素電話機を発明
1877年(30歳) 円筒式蓄音機「フォノ・グラフ」を発明
1878年(31歳) 電球の研究に着手。「エジソン電灯会社」を設立
1879年(32歳) 炭素フィラメントの白熱電球を発明
1880年(33歳) 発電機を開発。電気照明用のシステムを発明。初の電気機関車実験に成功
1881年(34歳) パリ電気博覧会に発電機を出品。最高名誉賞を受ける。「エジソン電気照明会社」設立
1882年(35歳) ニューヨークのパール街に電灯(街灯)をつける。
1884年(37歳) 電球の改良中に「エジソン効果」を発見。後の真空管発達の基礎をつくる
1887年(40歳) 研究所をニュージャージー州ウェスト・オレンジに移転
1888年(41歳) 系列会社が合併し、「エジソン・ゼネラル・エレクトリック社」を設立
1889年(42歳) のぞき映画「キネトスコープ」を発明。ジョージ・イーストマンの協力で映画フィルムを開発
1890年(43歳) 鉱山事業に取り組む
1892年(45歳) エジソンの辞任により、社名を「ゼネラル・エレクトリック(GE)社」に変更
1898年(51歳) 鉱山経営に失敗。地下配電のヒューム管を発明し、セメント事業に着手
1909年(62歳) アルカリ蓄電池を開発
1927年(80歳) 人工ゴムを開発
1931年(84歳) ウェスト・オレンジの自宅で死去

エジソンの事を調べていて、ふと出会った、テック総研の記事より
http://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=000755

40歳から84歳まで研究開発に勤しんだウエストオレンジ研究所訪問記
https://note.mu/knnkanda/n/n13547dc00e55?magazine_key=m74c6ccc10004

あなたにお勧めの記事

スポンサーリンク