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【映画】『アーティスト』犬好きな人、メディア研究者、そしてダメダメ男に捧げる最高の映画!この映画こそ脳内3D映画だ! 

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映画「アーティスト」(2011年、公開後5年)は 犬好きな人、メディア研究者、そしてダメダメ男に捧げる最高の映画!ネタバレ注意!この映画こそ脳内3D映画だ!
https://ja.wikipedia.org/wiki/アーティスト_(映画)

舞台は1927年のハリウッド。映画界屈指の大スター、ジョージ・バレンティンは、新人女優のペピーを人気女優へと導いていく。強く惹かれあう2人――。しかし、折しも映画産業はサイレントからトーキーへの移行期。サイレントに固執するジョージが没落していく一方で、ペピーはスターの座を駆け上がって行くこととなり…。白黒&サイレントで描き上げる甘く切ない、大人のためのラブストーリー。
http://www.cinemacafe.net/movies/cgi/24187/ 

この映画は宣伝が間違っている…と思う。こんなにいい作品だったとは!

もっと、早く観に行けばよかった…。

コーエン兄弟の「ノーカントリー」以降、アカデミー賞の作品賞はボクの好みとは合わないと思ってきた(笑)。しかし、この作品は、アカデミー賞を選ぶアカデミー会員に、そもそも映画とは…何たるものかを思い知らせたのではないだろうか?

それが作品賞へとつながったと思う。

この映画を「モノクロ映画」、「サイレント映画」というメタファーで考えると大間違いしてしまう。

目の上に3Dメガネをかけるのと同じくらいに、脳内に「セリフ」と「色」を3D化させてくれる最新の3D映画、いや脳内3D映画なのかもしれないからだ。

セリフがないだけに、演技に注目できる。

字幕が不要だから、セリフが聞こえないだけ想像力が働く。役者の世界に引き込まれる。

チャップリンの映画くらいしか、無声映画を知らない世代にも十分にサイレント映画というノスタルジーではない新たな”技術的な”魅力を見せてくれる映画だ。

サイレント映画だが、「音」が本当にうまく扱われている

サイレント映画時代のスターが、トーキー時代を迎えた時、しゃべることができない自分の悪夢にうなされる。このあたりの表現が最高にうまい。映像までカラフルになってくるから不思議だ。

そして、映画のストーリーは、飛ぶ鳥を落とす勢いだった男の堕落してゆく様のせつなさを、ポジティブに、さらに、にやけたニヒルさ描き、痛々しさが倍増していく…。

かつてはスターだった男。おねだりするファンが来たのかと思いきや…それは愛犬に対してだった。

ダメダメな男こそ、絶対に見るべきオトコの映画だ!

マーティン・スコセッシの「アビエイター」の大富豪ハワード・ヒューズの憐れさ。

「市民ケーン」の描いたウィリアム・ランドルフ・ハーストの孤独。

ピーター・ジャクソンの「キング・コング」の世界大恐慌のあの時代。

観客が映画を見る時(サイレントなので楽団がリアルタイムで演奏する)に、タキシードにカクテルドレスでメイクアップしていく 時代。タバコも喫煙しているし、ペットも同伴可能。

後半では、フェデリコ・フェリーニの「ジンジャーとフレッド」のように、トーキーを経て、ミュージカル時代の到来を彷彿させる。

 

 

オンナが売れてオトコはおちぶれていく…

女性が売れていくのに反して、自分が落魄れるところは、まるで、名野球選手だったジョー・ディマジオとマリリン・モンローとの関係にも匹敵している。

映画を見終わってからでいいので、GAGAの公式サイトを見て欲しい。

http://artist.gaga.ne.jp/site/
※Flash画像いらないのでもっとサクサク見せてほしいものです(笑)

何の予備知識もないまま見に行ったけれど、あとでフランス映画であったと知って、びっくりしてしまった。

この映画には、ハリウッド映画のトリビアが満載だからだ。

トリビアはさらにこちらに詳しく!

http://bizmakoto.jp/style/articles/1204/06/news091.html

ハリウッドのマイナー映画会社が、マーベルコミックスのアメコミ主人公と3D映画の病魔に犯されているハリウッドメジャーに対する自浄作用として、この映画を制作したと思ったからだ。

このHOLLYWOODLAND時代の看板には、ハリウッドという映画の歴史的なトリビアがいくつも隠されている。

なんといっても、わかりやすいのが、ハリウッド不動産の看板だ

今でこそ、ハリウッドの名所だが、かつては不動産屋のサインであったこともこの映画は教えてくれる。

映画に「音」などいらないものだった

キノグラフ(Kinographstudio)社は、トーキー映画の「ジャズシンガー」(1927年89年前)でヒットさせた
ワーナー・ブラザースそのものであり、その後の一大ミュージカルブームを予見させてくれる。

この「ジャズ・シンガー」で、人類ははじめて音と映像が一緒に流れる
現在の「映画」のフォーマットを見ることができた。

当時のトーキーの登場によって、映画解説者の淀川長治さんは、「映画はお終いだな」と感じたそうだ。

それほど、当時の映画関係者には、映画には、音などいらないという評価だったのだ(今でこそ信じられないが…)。映画は音のいらない芸術だったのだ。
その雰囲気こそが、この映画「アーティスト」によって、ボクは初めて理解できた。

役者は演技でしゃべる時代だったサイレント時代

特に、メディア研究者には、サイレントからトーキーへのメディア変遷の追尾擬似体験のためにも、このアーティストを、是非おすすめしたい。

この時代の映画の役者は言葉ではしゃべら喋らずに演技でしゃべる時代だったのだ。

ビートルズの時代のステレオも、当時はオモチャのような存在であり、一部のマニアのためだけにステレオ版が作られたが、本来のビートルズのサウンドは、モノラル盤のために作られていた。ステレオは単にチャンネルを振り分けられたもの。それをボクたちは、なぜ?と思いながら聴き続けてきた。いわば、偽物のビートルズサウンドで育っていたのだ。

いつの時代も、自分が育った頃のメディア・フォーマット以外のものは受け付け難いものであり、新技術であればあるほど、従来メディアからすると異端に見えるものだ

そういった意味では、現在の「3Dシステム」にもそれは当てはまるのかもしれない…。

インターネットメディアも、ようやく20年ちかくかけて異端なメディアとようやく言われなくなった。もう、誰も、サイバーワールド(仮想世界)などという人もいなくなった。

インターネットほど、リアルワールド(現実世界)に密しているメディアはないからだ。マスメディアで報道するニュースとネットで語られるニュース。どちらにも真実は存在しない。真実は当事者でもわからないからだ。主観にたった事実だけが無数に存在するのだ。それを放送する人、評価する人、拡散する人、コピーする人、いろんな人がいるだけだ。 そして、我々には、そんなフィルター群を判断する能力が個々に求められている時代だ。

アーティストの中で、デビッド・リンチ監督に似た映画会社の社長は語る…。

「新鮮さを求める大衆こそ常に正しい」

トーキーが、くだらなくても、大衆は新鮮な驚きや体験を期待していたのだ。

そもそも、映画は舞台の進化、かつては映画の登場によって舞台(ブロードウェイ)の文化は冒涜されていると言われてきた。

また、レコード盤に対して演奏するアーティストはアーティストではないとも言われた(音楽はそれまでライブで演奏されるものであった)。

映画「ジャズ・シンガー(1927年)」で、当たったアル・ジョルスンは、翌年のトーキー「The Singing Fool (1928年)」でサウンドトラックのsonny boyを レコードで200万枚、楽譜が125万枚売れた。

“SONNY BOY” AL JOLSON in “THE SINGING FOOL” 1928 vitaphone

特筆するのは、楽譜の販売ビジネスが、レコード以前の音楽ビジネスの主流だったことだ。
Rhapsody In Blueの作曲者のジョージ・ガーシュウィンでさえ、デパートでピアノを弾きながら楽譜を売り、音楽出版社から給与をもらうという給与&印税(歩合)のビジネスモデルであったことだ。

Rhapsody In Blue – Gershwin

レコードメディアが普及していなかったのだから仕方がないだろうが、現在の作曲者はCDになることを前提に作曲しているが、これからはそうとは限らない。

AKB48のプロデューサー秋元康氏は、「カチューシャ」の作詞に対して400曲もの楽曲を用意させその中から選んだ。さらに、ライブ、グッズ販売、CM、キャラクター販売促進、Google+との提携など、 音楽産業そのものの定義が広義となっている。

電子書籍前提の著者は、印刷された紙の本を前提に執筆しないのと一緒のことだ。

レコードというメディアが変化し、映画を見てからレコードを購入するという購買行動を人々はゆっくりと学習しはじめたのだ。

レコードにLP(1948年LongPlay 33.1/3rpm)盤やEP盤(1949年Extended Play45rpm)SP盤(Standard Play78rpm)らが登場するまでには、あと20年もの歳月を必要としたことを考えると、メディアの進化論的には、30歳になってようやく成人(ビジネス)になると考えるべきであろう。

この映画の魅力は、時代考証も見事だと思った。

万年筆もジャン・デュジャルダンが小切手を切るシーンでは、発売されたばかりのモンブラン マイスターシュティック(1924年発売)、奥さんの落書きには、ペリカンのスーベレーン(1929年発売)あたりが使われているようだ。

ベレニス・ベジョの天然のキャラクター。銀幕のスターでは、舞台俳優よりも2Dでの写りとアップの際の独特のオーラが必要だ。観客を魅了し、売れてさらに美に磨きがかかる。つけぼくろを右と左でコミュニケーションの意味を変える。

それでも、ジャン・デュジャルダンへの想いをずっと抱き続ける。愛情ではなく、リスペクトと感謝の念だろう。それがあるからこそ、神は彼女に微笑んでくれるのだ。

そして、なによりも、アギーUGGYという犬の可愛らしさ、ジャン・デュジャルダンのいつも、そばに、リードなしで添い続ける。命の恩人でもあり、一番の理解者でもある。

なんとこの映画で、第一回ゴールデン・カラー賞(金の首輪賞)の最優秀「俳優犬」賞を受賞したとのこと。カンヌ映画祭でのパルムドッグ賞も受賞!確かに名演だった。CGではないぎこちなさがまさにドンピシャの名演なのだ。ジャック・ラッセル・テリアのオス(2002年生まれ)で現在は10歳。捨て犬同然だったところからドッグトレーナーに飼われ俳優生活をしている。

この「金の首輪賞」、創設は犬の情報サイトであるDog News Daily.comが創設した。

これは美味しいポジションだ。毎年、ノミネート作品が気になる!。

今年のノミネートは下記のとおり、猫の首輪賞も必要だろう.

■映画部門

ブラッキー 「ヒューゴの不思議な発明」
コズモ 「人生はビギナーズ」
アギー 「恋人たちのパレード」
デンバー 「50/50 フィフティ・フィフティ」
ハマー 「ヤング≒アダルト」
アギー 「アーティスト」

CGや3D全盛のこの時期に、シンプルだからこそ、セリフがないからこその本当の映画の楽しさを堪能させてくれる映画であった。大満足。

 

この映画は、どこにも無駄なシーンがなく中だるみもなく、スターダムのオトコに自己投影しながら楽しめた。

自分には、関係の冷めた家内がいる。ファンの女の子(ベレニス・ベジョ)とのキスシーンがバラエティ紙(実在するメディア)に掲載され、奥さんや映画会社の社長から睨まれる…しかし、大スターにはそんな事は大した問題ではない。

撮影所で、タップダンスで相性のある女子と再開。なんとベレニス・ベジョではないか…。

彼女を映画のシーンで使いたいと、強引に申し出る。

撮影のカットが続く…。何度も続く…。彼女に惹かれていくジャン・デュジャルダンことジョージ・バレンティン、映画の撮影に気合がはいるが、彼女の自然な演技に笑みがこぼれてしまう…。「ロシアの逆襲」とか、「ドイツの反逆」とかのサイレント映画なのに…。

後に、このシーンのフィルムをジョージが後生大切にしていたことがあとになってわかる…。

その後、彼女が自分の楽屋に訪れ、自分のコートに惚れ惚れしている…。しかも鏡にはメッセージまで…。

それを目撃したジョージ。

「女優には強い個性が必要だ」と、アイペンシルでつけぼくろを唇の上につけた。

そう、ノーマ・ジーンがマリリン・モンローへ変わった瞬間へのオマージュだ。

この時点で、ガっつかない、ジョージ・バレンティンはとても紳士だった。
…というよりも、大スターのなせるハニートラップへのリスクヘッジだったのかも。

そして、ベレニス・ベジョこと、ペミー・ミラーは、奥さんの写真と、奥さんへのプレゼントを執事が持ってくるところを目撃し、静かにその場を去る。妻帯者には、このシーンが、きっと”キュン”とくることだろう。

時代は、サイレントからトーキーへ

サイレント映画の打ち切りを社長から告げられたジョージと、映画会社への契約が決まったペミーが、階段の上りと下りで出会う。ペミーはアドレスをわたすが、ジョージは、ここでもガっつかない。

もはや、ガっつく気力さえなくなりつつも、素敵な笑顔だけは忘れないひょうきん者だ。ペミーはそこからスターダムへ急上昇!

自らメガホンを取り、主演をこなした映画を撮影し完成させたジョージ。公開日はなんとペミー主演の映画とおなじ日。 ジョージの映画は閑古鳥がなき、ペミーの映画は大行列。

もう、こうなると、恋愛関係どころではない。ライバルである。

レストランで、ペミーのラジオのインタビュー収録、そこでたまたま居合わせたジョージ。ペミーがサイレント映画に対しての悪態について、「席は譲るよ」と怒って退座してしまうジョージ。

使用人が食事を準備している時に、「給与はいつから払っていない?」と聞いたジョージ。「1年くらいです」と答える。「今日から首だ」と使用人を放り出す。

「クルマはやるから、他の仕事を見つけろ!」

「おそばにおいてください」

そして、使用人は、家の外で、しかもクルマのそばで制帽をかぶって、主人を待ち続ける…。

何時間も…。つらい…。

ジョージが再び、窓の外を眺めるまだ居る。

ここで声はかけられない。寝る…。居なくなってくれと思いながら…。

窓の外には、クルマも使用人もいなかった。安堵な気持ちと裏腹に、寂しくなる。女性とはちがって、オトコ同志には、もっと深い絆がある。しかし、主従の関係がある以上、守れないなら手放さなくてはならないものがたくさんある。

ジョージには、それでもUGGYがそばに居た。

酒浸りの日々、大スターであるばあるほど、そのプレッシャーは強い。エリック・クラプトンもドラッグからアルコール中毒へと進化した。ドラッグよりもアルコールのほうが辞めにくい。どこででも入手できるからだ。

酒代がなくなり、コートを売り、家財を自分の冠をつけたオークションで売りさばく。オークションの出品シーンは、マイケル・ジャクソンの生前の姿を思い出す。泥沼裁判で資産が目減りしていたからだ。そして、新たな決意でツアーに出ようとした時に、神は別のステージへとお招きになった。マイケルは死後のほうが生前より稼いでいる(10億ドル(1106億9100万円))ので皮肉な話だ。

なんと、ジョージのオークションをすべて競り落としていたのは、ペミーの使用人であった。

まるでエリック・クラプトンのマネージャーの話と酷似している。ドラッグに入り浸ったクラプトンはギターを売りに行っては、ドラッグ費用に当てこんだが、それを元マネージャーは良いギターだけは高額で買取り、大切にクラプトンのために所有していた。ドラッグから復帰したクラプトンはそのギター群との再会に涙して喜んだそうだが、ジョージの場合はそうではなかった。

これがボクなら、大スターでもあるペニーに大感謝感激でハッピーエンド!

だが、ジョージの場合は、落ちぶれた自分が許せなかった…。

ペミーの元を去り、ピストルで自殺を図ろうとする。

それを懸命に阻止するUGGY。

このUGGYの演技に思わず涙腺が緩む。

BANG!

これぞ、まさしく、サイレント映画の醍醐味だ。

音ではなく、文字でその瞬間を伝える。

窓の外で、ペミーが自動車を街路樹に衝突させた音だった…。

そして2人は…。 昔のエフェクトがはいる…。想像におまかせ!

ペミーは、キノトグラフ社のデビッド・リンチに、「ジョージと共演させて!これは脅迫よ」と、かつてのジョージがペミーと共演させろとウィンクした時のシーンを再現する。うまい作りだ!

そして、ジョージの脚本を見事にゲットして、元使用人に持たせた。やる気のないジョージに、

「旦那様、プライドはお捨てになったほうが…」と今はペニーの使用人となった親友。この言葉は大きい。

しかし、プライドではなく、サイレントのアーティストは、トーキーに出るという自信がないのだ。声で人を魅了する自信がなかったのだ。

そこでペニーは、「いいアイデアがあるの!」と提案する。

そのアイデアとは?

実際に見事な○○○だ!

しかも、数ヶ月のこの映画のための練習だったという。公式サイトで読んでさらに驚いた

 

映画のラストは、デビッド・リンチの「パーフェクト!でも、もうワンテイクいこう!」

ジョージは答える

「喜んで!」

最高の言葉だ。

仕事をやるときに喜んで!使ってみたい。 感動をありがとう!

 

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