【本】「働かざるもの、飢えるべからず」小飼弾

Toshiaki Kanda 2009年11月24日 火曜日
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怪人、小飼弾氏の新作。読了。

ボクが中学か高校時代の頃に出会って読んでいたら、本当に怖い…。人生が変えられていたほどインパクトがあった。おそらく、今のような職業ではなかったことが安易に想像がつく。

なので、ぜひ、中学生、高校生、大学生に読んでもらいたいと思う。もしくはリタイアをしていく全共闘世代だ。

残念ながら、現役バリバリの経済人にとっては、働かされる社会の仕組みの中で、「収穫」させられているから、自分たちの姿はまったく見えにくいし、見えたところで、ミクロな日常はそんなマクロな話をされても反応できないので、「夢」として認識してしまう。

だからこそ、夢を見られる世代と、夢を忘れていたとハタと気づく世代に、オルタナティブなアイデアとして提供すべきだろう。

タイトルで誤解されると思うが、本当の真タイトルは「ベーシックインカムと社会相続で作り出す痛くない社会」であり、サブが、「働かざるもの、飢えるべからず」だったのだろう。しかし、それではインパクトがない。「働かざるもの、飢えるべからず」という誰もが知りうるレトリックから来るこの違和感が重要だったのだ。

そう、このザワザワした、気になる手ざわりの違和感を安定させようとして、興味を生むからだ。

しかし、最初の数ページで、このタイトルの無意味性がいきなり暴露される。

人間は誰も働いていない。

母なる自然の寄生生物である。

収穫するだけ。

植物から奪うのが農業

植物以外から奪うのが工業

ヒトも(収穫の)対象になると学んだのがサービス業 第三次産業。

とにかく、何もないところから作り出すということを「働く」と定義すると、人間は働かず、収穫するだけの生き物となる。ここまで割り切って因数分解すると、唯一残された、人類が作り出せるものは、「生む」という行為くらいしか、残されていない。そこで、今度は「育てる」ために、教育やカネ、制度が必要になってくる。

すると、社会は、これらは育てるための「暮らし」をささえる制度だと思える。そうすると、ベーシックインカムという構想がリアルに感じることができるようになる。

以前から著者の「ベーシックインカム公社」の構想は、ネットや著書で「弾片的」に見てきたが、こうやって、タテ書きアトム本でまとめて読むと、ようやく腑に落ちた。

残念なのは、タイトルで巷の「自己啓発」本かと思ってしまう点である。この本は自己啓発本ではなく、立派な「社会啓発」本なのである。

社会を啓発するのはなかなかむずかしい…。しかし、このようなオルタナティブな政策を提案できるチカラはすばらしいと思う。いや、この社会への提案によって、個人としてのカネに対しての見方が変わる。ある意味、演繹的な自己啓発へとつながってきた。

この本で提唱されている政策は、極論ともいえる社会政策であるが、一度どこかの経済特区でやってみる価値はあるだろう。香港やマカオの規模でなければならない。完全に破綻している自治体の自然自治につながるかもしれない。実証実験が10年も続くと、それはもうひとつの社会システムとなりうるだろう。

そして、本書からボクが、一番奪えたものは、「気持ちが楽になる」という効用であった。

 

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