産経新聞さん乱暴すぎる!【産経抄】「命の危険にさらされた日本人を救えないような憲法なんてもういらない」

Toshiaki Kanda 2015年02月09日 月曜日
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By: Marcel Douwe Dekker

【産経抄】というのは、たしか、産経新聞さんの社説である。

【社説】とは…
「一般には社としての立場・意見の表明。よって執筆者署名はない」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E8%AA%AC

…なるほど、なので、誰が書いているのかではなく、新聞社という法人のオピニオンだ。
すると、この日の記事は、産経新聞の意見として、とても怖い記事だと思った。このコラムを新聞社の意見として認めて発行したとするならば…。

【産経抄】2月7日

http://www.sankei.com/column/news/150207/clm1502070003-n1.html

▼ヨルダンでは、「なぜ2人も殺された日本がともに戦わないのか」という声が高まっているという。日本には憲法の制約があって云々(うんぬん)、と説明してもまず理解されぬだろう。

いやいや、他の国のヨルダンにどう思われても構わない。理解いただく必要のあるものでもない。

▼憎しみの連鎖を断たねばならぬ、というご高説は一見もっともらしい。後藤健二さん自身も数年前、「憎むは人の業にあらず、裁きは神の領域。-そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった」とつぶやいている。

▼だからといって処刑直前も彼はそんな心境だった、とどうしていえようか。助けにいった湯川遥菜さんが斬首されたときの写真を持たされ、家族に脅迫メールを送られ、心ならずも犯人側のメッセージを何度も読まされた後藤さんの心境は想像を絶する

これは非常にわかります。想像を絶します。自分の吐いた言葉を撤回したくなったと思います。

仇(かたき)をとってやらねばならぬ、というのは人間として当たり前の話である。第一、「日本にとっての悪夢の始まりだ」と脅すならず者集団を放っておけば、第二、第三の後藤さんが明日にも出てこよう

いや、それは違う。仇をとるのが人間として当たり前ならば、ハンムラビ法典時代への逆行だ。仇とかあだとかの浪花節的感情ではなく、犯罪化する要因を論理で考えるべきだ。第二、第三の後藤さんの前に、ふと、まわりを見渡すと、狂った刃が、同胞をしかも、年少者を今日もまた国内であやめている。こちらのほうが狂気だろう。防ぎようがない。

 ▼日本国憲法には、「平和を愛する諸国民の公正と信義」を信頼して、わが国の「安全と生存を保持しようと決意した」とある。「イスラム国」のみならず、平和を愛していない諸国民がいかに多いことか。この一点だけでも現行憲法の世界観が、薄っぺらく、自主独立の精神から遠く離れていることがよくわかる。護憲信者のみなさんは、テロリストに「憲法を読んでね」とでも言うのだろうか。命の危険にさらされた日本人を救えないような憲法なんて、もういらない

とんでもない、まとめかたではないだろうか?
社会の公器としての企業であり、第四権としての「報道」であるものが、テロリストが日本国憲法を守らないから、憲法をいらないと言い放ってしまうのは、小学生レベルのケンカではないか?

また、ISISも彼らなりの唯一神への平和利用行動なので、ジハードと神風特攻で対決しても、終わりなきはじまりになってしまうだけだ。

産経新聞さんの社説で、日本国憲法を「世界観が、薄っぺらく、自主独立の精神から遠く離れていること」と言い放つには個人記者の意見としてそうお考えになる人がいても良いが、産経新聞社全体でそう考えるのはまずくないだろうか?
ちなみにボクは護憲信者ではない。それにしても、この安易なロジックはなさすぎると感じた次第である。

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