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Wikipedia 三洋電機元副社長の後藤清一さんの記事作成

Wikipedia に三洋電機 元副社長の後藤清一さんの記事が無かったので作成。

三洋社員の皆さん、社風理解のためにも、後藤清一さんの情報、ぜひ追記してください。

三洋電機のあゆみ
http://sanyo.com/museum/jp/

創業者井植歳男物語 第7章に登場
http://sanyo.com/museum/jp/history/story/7_03.html

後藤清一

1907年〜2003年8月24日永眠 享年96歳

三洋電機の大番頭として事業発展に力を尽くした。

松下電器産業に26年間勤務した後、1947年に故井植歳男氏が三洋電機製作所(現三洋電機)を創業したのに参加。

松下幸之助、井植歳男という2大経営者に、叱られ叱られて、今日をなしたといわれる

北条工場(兵庫県加西市)の工場長として大量生産方式を導入、 創業商品の発電ランプ事業を軌道に乗せた。 1971年01月から10年間にわたって副社長を務めた。「北条の七人の侍」の一人と称された。

地域に貢献したとして加西市の名誉市民になっている。

著書の数々に、松下幸之助、井植歳男から後藤清一が、学んだことが綴られている。

著書

「叱り叱られの記」(エスカルゴ・ブックス)

「こけたら立ちなはれ」(PHP文庫)

「立ったら歩きなはれ」(PHP文庫)

「後藤清一が26人の先達から学んだ社長の器」(アスカビジネス)

「よっしゃ!イチから出直しや」




 

訓示

「私は毎朝目を覚ますと、”今日もええことがあるぞ、ええ一日になるぞ”と、自分に語りかけて寝床を蹴って起きることにしている。そうすると、心に”勢い”と”張り”が出てきて、一日一日を生き生きと生きることができる」

「おやじさんのきつねうどんがなかったら…」 
自転車ランプの開発時に松下幸之助がつくってくれたきつねうどんに感激しておもわず漏らした言葉。

「私情にかられてのそれ(叱る)はいけないけれども、ものの道理にはずれたことをした人には真剣に叱る、それは人情を超えた、人間としての大切なつとめの一つではないだろうか。(松下幸之助)」

「できるだけやります」-これほど人を侮蔑したことばはない。初めから逃げ道をつくっての返答。私のもっとも嫌うところである」

「部下指導のコツは「5たい」をくみとることだ」  
 1、関心を持たれたい。  2、理解されたい。  3、認められたい。  4、信頼されたい。  5、可愛がられたい。