映画「プロメテウス」に見る神からの視点とリドリー・スコットの視点「人類の起源」で検索してはならない【ネタバレ注意】



 

リドリー・スコット監督の映画「プロメテウス」で、アンドロイド、デイヴィッドとの会話で、

「何のために人類はアンドロイドを造ったのでしょう?」というデイヴィッドの、問いに、「造れたからじゃない?」と答えるシーンがある。

「人類が創造主に、そう応えられたら、傷づくでしょうね」とデイヴィッドはつぶやく…。

人類は誰が造ったのか? 「造れたから…」と言われると

そんな、解明しても仕方がないようなことを、この映画では追求している。

神からの視点で人類を見たら、たかがそんなものなのかも知れない。

たかが、「造ってみた…」にすぎない。しかし、その造ったものは知らない間に成長をしている。

勝手に自己成長し、神の領域にまで手を染め始めている。

人類は宇宙人である…。それは今でもそうだ。宇宙の中の生命体はすべて宇宙人と呼ぶことができる。

しかし、それは、外見上が人に似ているかどうかで大きく変わる。人の形態をしているかどうかで、宇宙人と、仲良くなれるかどうかは、映画「第9地区」を見ればわかる。

冒頭のオープニングに現れた古代人は、宇宙からやってきて、大気と大海原への中へDNA変化を委ねた…。

その後、多種多彩な宗教によって、人類はどうやって誕生してきたのかの解釈も大きく変わった。その宗教の違いによる戦争や紛争は今も絶えない。

我々が、唯一共通項として、理解しているのは、「火」を扱うことによってこの文明を築くことができたことだろう。未だに人類以外で火を扱うことができる動植物は地球上には、存在していない。

ギリシヤ神話でのゼウスが怠慢になった人類を大洪水で滅ぼしたり、火を取り上げたが、プロメテウスが人類に火を与えた事によって、人類は、猛獣に打ち勝ち、暖を取り、料理ができるようになった。

それが、プロメテウスの火だ。

今や、禁煙者が増えて誰もライターすら持たない…。 IHや電子レンジにより、火で調理しない。エアコンで暖を得る。お風呂でさえ、ボタンで沸き、シャワーもひねれば出る。

プロメテウスの「火」を、日常で意識することは、まったくなくなってしまった。ごく稀にナポリピッツアの釜で見かけることがあるが、ここでも、電気炉に変化しつつある。

むしろ、見えない火としての原子力だけが現代のプロメテウスの火となりつつある。それも、現代社会を支えるための、エネルギーを支える「火」というものである。しかし、全能の神、ゼウスは、原発事故で再びこの火を人類から奪おうとしているは確かだ。

映画の中で、エリザベス・ショウ博士(ノオミ・ラパス)が、キリスト教のシンボルである十字架をはずしたり、つけたりするシーンがある。

神という存在を信じるかどうかで人類の帰依する場所が大きく変わる…。

ノオミ・ラパスがドラゴン・タトゥーの女の主演女優と聞いていて、どうも納得できないと思ったら、スゥエーデン版の「ミレニアム ドラゴンタトゥーの女」だった。

 

さて、ここからが、恒例のネタバレだ…。

 

 

映画を見てからにしてくださいね。

 

プロメテウス号は、古代の壁画から導かれた惑星へと探索を続ける。
これが、国家的なプロジェクトではなく、一企業というところがすごい。

ミクロの決死圏(Fantastic voyage)の潜水艇もプロメテウス号だった。

これが、ウェイランド社のサイトだ。

https://www.weylandindustries.com/

さらに、社歴はこのように、2012年に創業され、
http://www.weylandindustries.com/timeline

エナジーカンパニーから複合機関産業へと成長する。 
現在の企業規模はこちらだ。
http://www.weylandindustries.com/investor

映画で描き切れない伏線はこのように、映画に登場する企業などのサイトを公開するのはとてもいいマーケティングだと思う。

 

 

映画で、プロメテウス号が、惑星に到着してから、なんだか、既視感で一杯になる。

宇宙船の外観は、なんだかCG特有のアバターの既視感で一杯だった。内観はジムがあったり、20世紀風リビングがあったりと、独自なのに残念だ。

あのエイリアンで初めて登場した、薄汚れたノストロモ号は、SF映画のリアリティを大きく進歩させたのに、この映画のプロメテウス号では、それを感じることができない。

さらに建造物の中に入ってからは、まるで、あの名作「エイリアン」そのものだ。

パピーという調査探索デバイスで飛ばしながら、建造物のマッピングを行いながら進んで行く…。 

もう、まるで、パクリ、いやそのもの…。

もしかして、実はエイリアン?という悪い知らせが頭をよぎる…。

ついに、リドリー・スコットも過去の栄光に便り始めたか?

しかし、そこから先は、頭を切り替えて、素直に「エイリアン・ビギンズ」として楽しむことにした。

この映画の評価はそこで大きく別れることになりそうだ。

ビギンズとして、見れば、謎が溶け始める…。

エイリアンたちは高度な技術力を持ちながらも、それを兵器として開発した。

その兵器工場の惑星を何らかの理由で持続できなくなった。

そして、それを持って、再び自分たちの創造した惑星へと望む…。

しかし、アンドロイドのデビッドは、なぜ兵器のDNAを搭乗員に飲ませたのか?

エイリアンのDNAを摂取すると人類は凶暴化するだけなのか?

いや、記憶が30数年も前だから謎を超越していて、エイリアンのENGINEERの目的がわからない。

いきなり、ENGINEERが襲いかかってきて、さらに追いかけてきては、巨大なサナダ虫と対決して、飛行船となって飛び経とうとして、体当たりで、阻止される…。その結果が現在の地球なのか…。

「何のためにリドリー・スコットはプロメテウスを造ったのでしょう?」

「この時代だから造れたから」とリドリーは、答えるのかも知れない。

リドリー・スコットの、新たな荘厳なシリーズの幕開けに期待していただけに、エイリアンの前日譚で、しかも謎残しだらけのシリーズスタートには残念で仕方がない。

しかし、「プロメテウス2」が企画され、公開されれば見に行ってしまうだろう。どの監督がメガホンを撮るのかに興味がわく。

 

「エイリアン」が創造したものは、偉大な監督たちだからだ。

「エイリアン2」は、「殺人魚フライングキラー」と「ターミネイター」の一発屋だったジェームズ・キャメロンを造り、「エイリアン3」は、CM監督のデイビッド・フィンチャーを造り、初監督デビューを果たせている。

ボクの中での、リドリー・スコット監督は、インディ・ジョーンズ4「クリスタル・スカルの王国」を撮ったスティーブン・スピルバーグ監督と同様、監督クレジット名で見る監督ではなくなってしまった。

 

 

 





 

 

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