あれから10年(1993年10月31日)、故・木村 義秀 元神戸市マルチメディア推進課長

Toshiaki Kanda 2013年10月16日 水曜日
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日刊デジクリ

http://www.dgcr.com/

「おやすみなさい木村課長」
月曜日担当:神田敏晶
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マルチメディア、震災、インターネットを駆け抜けていった人が人生を卒業さ
れてしまいました。

神戸は、貴重な人材を失いました。

10月31日(土)神戸市マルチメディア推進課長の木村義秀(50才)さんが、山
登りの事故で亡くなられました。幅1メートルほどの登山道から何かの拍子で
足を滑らせ、45メートル下の谷に落下されての事故ということでした。

ボクと木村課長との最初の出会いは、1994年「KIMEC構想」のCD-ROM制作依頼がきっかけでした。(当時は神戸市企画調整局調査課長)重工長大産業、ファッション産業、観光産業だけではなく、「マルチメディア」を神戸の主要産業にしたいという構想であるKIMEC(キメック=神戸国際マルチメディア文化都市構想の略称)を強くアピールしたいという仕事でした。

報告書をもとに当時は、MacintoshのHyperCardでCD-ROM化のお手伝いをさせていただきました。制作依頼を受けた時には部署で個人的にコンピュータを触れる人が一人もいなかったにもかかわらず、3ケ月後の納品時には、木村課長を筆頭に課内の誰もがパソコンを駆使していました。ド素人からでも短期間の間にこれほどまでに、右へならえ的に習熟する、行政マンの仕事ぶりには、恐ろしささえ感じました。

どこの自治体よりも、早く報告書のCD-ROM化にトライし、さらに94年からインターネットでWWWによる情報発信を行い、木村課長は行政のマルチメディアへの取り組みのフラッグシップとして奔走されていました。

木村課長は、Macintosh PowerBook Duoを購入し、あちらこちらでKIMEC構想
デジタルデータを大画面でプレゼンテーションされていました。行政依頼の
CD-ROMのほとんどが納品したらそれで終わりというなか、木村さんは120%活
用され、日本の各地、いえ世界中で神戸のマルチメディア進出のスポークスマ
ンとして活躍されました。制作した者として使ってもらえることの喜びはひと
しおです。

1995年1月17日、突然の神戸の震災で神戸市役所は、マルチメディアどころでは、なくなりました。災害対策業務は多岐にわたり、木村課長は、震災直後から震災プロジェクトに入られ、現場では、長田区役所の応援で、り災証明を発行する業務を推進されました。市役所全体の判断ではなかった、インターネットによる震災情報の発信を、事後承諾の形でも市長にとおしたのは、木村課長の仕事でした。

しかし、その後、神戸市役所がインターネットを駆使して、震災の神戸を世界
に対して情報発信したことが、インターネット界の歴史を刻む事件のひとつと
して、高く評価され、世界に広くインターネットの威力を知らせるべききっか
けとなりました。それからは、世間は木村課長をほっておきませんでした。木
村課長は、多忙な日々に追いかけられます。東奔西走の日々がくり返され、地
方自治体の情報関連担当者で、「神戸の木村」を知らない人は「モグリ」とい
う状況も作りあげてしまいました。

何しろ木村課長は口が悪い。神戸のハイカラなイメージとは、ほど遠いほどの、べらんめい口調。一度でも木村さんのプレゼンを見たことがある人は忘れるわけにいきません。時々、閉口する時もありましたが、木村さんはいつでも「己の道」を歩かれていました。

地方自治体の空前のブームというか、中央の予算獲得狙いのインターネット推
進合戦が繰り広げられる中、木村課長は、行政だけではなく、地域の産業・企
業・学校が連係しながら、情報技術を活用して、情報リテラシーや新しい産業
の創造に向けたいということで1995年には「神戸マルチメディアインターネッ
ト協議会
」が発足に尽力をつくされ、事務局長に就任されました。

さらに、神戸に莫大な予算がかけられた「TAO通信放送機構」の誘致にも成功されました。実証実験が終われば、神戸市にその情報通信インフラが払い下げになるからです。

さらに、インターネット上の世界初の博覧会「インターネット・ワールド・エ
キスポ
」で世界のインターネット界の重鎮を神戸に召集させ、自治体とイン
ターネット「インターネット・ウエーブ」などの神戸と震災とインターネット
を考える舞台として神戸に数々のコンベンションを呼び寄せました。

また、「スマートバレージャパン」設立に関しても尽力をつくされ、身体障害
を持つ人でも、コンピュータを活用することによって、バリアフリーな環境を
生むことができる「プロップ神戸プロジェクト」、さらにアメリカの「NetDay」にちなんだ学校間をネットワークで結ぶ「夢プロジェクト 神戸版ネットデー」など、数々の地域行政の立場を活用しながらも個人的にもボランティアとしても動かれてきました。

震災後、資金面では破たんしている神戸市役所の「税金」を使わず、「神戸市
の名前」を活用し、数々のマルチメディア関連の仕事を手掛けた手腕は高く評
価されるべきでしょう。

神戸で手にかけたいくつかのクリエイターなんですが、途中でトンズラこくも
のから、とんでもないサギ師だったり、木村課長の苦労をお察しします。

しかし、フランスの高級レストランでも高架下の居酒屋での同じ態度の木村課
長は、行政マンとしては、とても異質な方であったと思います。敵も非常に多
かったかと思います。僕も亡くなられる前にいくつか、お会いして文句をいい
たい事がいくつかありましたが、それも、もう今となっては、手後れでした。
今度あった時になんて思っているうちに会えなくなってしまいました。

しかし、今となっては、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」やクリームの
「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」を一緒に熱唱してくれた木村課長は、も
うこの世におられません。

後にも先にも、こんなに変で、ガラが悪くて、やかまし
くて、うるさいけど、
神戸とマルチメディアのために奔走した愛すべき行政マンは、きっと二度とあ
らわれないでしょう。

志し半ばで他界されてしまった木村課長のためにも、神戸にようやく、まかれ
たマルチメディアの「種」を「芽」が出る前に根腐れさせないことを心より祈
りたい気分です。

インターネット上には、木村課長の思いがいくつも残っています。行政の立場
と生活者としての立場は一緒ではありません。それなりに悩みながら、苦悩さ
れていたこともネットからも感じられます。まだまだ、がんばってもらわんと
あかんことばっかしでした。
せめてもの救いが、役所で死ななかったことでしょう。

おっさん!はやすぎるがな!あほ~!

【プロフィール】木村義秀

1948年兵庫県生まれ、関西学院大学卒業後、神戸市役所に入庁。震災復興本部
統括局マルチメディア推進課長。神戸マルチメディアインターネット協議会事
務局長。週刊KMICニュース編集長。享年50才。

●通夜
 日時:2003年11月2日(月)19時~
 場所:平安祭典 西神会館
     神戸市西区美賀多台9丁目2-1
     三宮から神戸市営地下鉄、終点・
     西神中央駅下車、徒歩3分
     TEL.078-992-3242
●葬儀
 日時:11月3日(火)11時~12時
 場所:同上
 喪主:木村 郁子(木村課長の奥様)

インターネットの中で生きている木村課長のコメント
http://www2.inter.co.jp/lido/kumamoto/summary/forum.html
http://www.mha.go.jp/news/980327a.html
http://www.kobe-u.ac.jp/~ipc/mage/mage24/symposium/kimura.html
http://gssm.gssm.musashi.ac.jp/resarch/mms/961113.html
http://www.hyper.or.jp/katudou2/beppubay/97/unei/kobe.html
http://www.nttopenlab-unet.ocn.ne.jp/event/kimura.html#01
http://www.kiis.or.jp/spoken/kiis99/k1.htm

神戸マルチメディアインターネット協議会
http://www.kmic.gr.jp/
神戸市役所
http://www.city.kobe/.jp/index.html

【神田敏晶】かんだ・としあき
世界で一番小さなデジタル放送局KandaNewsNetworkを個人で営む
https://4knn.tv/ 
英語検定4級(中1程度)の腕前を活かし、珍英語で世界を駆け回るビデオ
ジャーナリスト。老後は世界の友だちの家を毎日泊まり歩く事を夢に、地球的
な規模でネットワークを築く。年令不祥(自称27才独身)でマルチメディア界
のドン・キホーテと異名をとる。デジタルクリエイターズでは企画・マーケ
ティングを担当。ビートルズバンド「The Beagles」ではバンマスをこなす(^_^)。

http://knnarchive.jugem.jp/?eid=554

 


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