「飛び込み営業1分300円」でお相手致します。

Toshiaki Kanda 2012年04月13日 金曜日
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このアイデアは秀逸だ!

大阪の天六商店街でふと見つけた NO JUNK SALES 理論

この大阪人のアイデアはいろんな問題意識をボクに与えてくれた…。

自分が迷惑、または対応したくないことに価格をつける。

しかも、明確な価格設定で有料にすること。

しかも、払えなくもない金額での設定。

それでも、ホントに自信のある営業マンなら、5分お願いしますといって、1500円を差し出すかもしれない。

1,500円で見込み客がしっかり話を聞いてくれれば安いものとも考えられる。

売り手の満足と、買い手の満足を、1分という単位で設定するのはありかもしれない。

買い手は、常に、何かに対して困っている必要がある。そしてその売り手の製品・サービスが買い手の問題解決につながるのであればセールスは成功する。

買い手の困ったと売り手の解決手法のミスマッチングが、このような「飛び込み営業」という、人類の膨大な時間ロスと社会の迷惑と共にトレードオフな関係を作っている。

「飛び込み営業」の問題解決を提供するプラットフォームがあれば、「飛び込まない営業」も可能となるだろう。

1分300円といえば、時給にして1万8000円。

2時間のコンサルティングとして、3万6000円。

8時間勤務ならば、144.000円。

22日勤務ならば、月給 316万8000円。

逆に、月給31万6800円の人の分給は 30円といえる。

飛び込み営業を相手にする時間は、普通の人々の普通の分給の10倍の価値を持つと類推することもできる。

その10倍の価値を明確に表示することによって、分給30円の価値をより興味のない雑用から開放することができれば、生産性を上げることができる。

しかし、すでに、企業や会社の生産性向上は、組織としての全体の向上には役立つが、個人の給与への反映には、相関関係が全く見えなくなってしまっている。

そう、つまり、働けば働くほど、効率を上げれば上げるほど、個人の商品・サービス価値は目減りする一方なのだ。

そろそろ、今までの働き方を変える変革期にきているとボクは本当に思う。

 

もはや上司の命令どおり働いていれば、安泰という時代でもない。

組織の仲間も、18ヶ月ごとに、退職や転職、早期リタイヤなどで変貌する。

楽ちん上司はあっという間に横領がバレて左遷されたり、つまらないスナッパー上司にガミガミ言われ、ストレスを貯めこみ病んでしまって、人生がつまらなくなってしまったりもする。

江戸時代にそろばんをたたいていた番頭さんの仕事量の、約1万倍もの計算をエクセルでおこない。POS管理やバーコード、データベース、流通網で、呉服屋さんの仕事は画期的に変わった。ついに市場はアパレル産業という大きなマーケットへと成長を遂げた。番頭さんは通りの店舗の奥でマネージメントするのではなく、顧客のいないオフィスというまるでセキュリティカードを使ったビル状の牢獄のなかで作業している。

丁稚奉公から叩き上げの坊主は、お使いをしながら、接客を覚え、商売を覚え、仕事ができるようになる。

今の「組織」が、あなたをすり潰しているだけならば、その組織に存在意義はない。

あなたは、「組織」を使って、顧客および顧客の顧客の満足を最大化する義務がある。

俯瞰で見ると、あなたのやっている「仕事」は、最終的に社会に貢献できているかどうかだ。

でなければ、「作業」だ。

作業は、誰にでもスイッチすることができる。あなたの「仕事」はあなたにしかできない「仕事」でなければ意味がない。 また、自分にしかできない「仕事」をもっていないとそれはプロとはいえない。

そして、「仕事」が実現できない「組織」には、あなたが存在する理由がない。

存在価値のないものに対して、相手をするならば、「1分300円」くらいの価値を表示してもよいのではないだろうか?

かつて、フォードのベルトコンベアでの工場生産者は、農業従事者の2倍の給与が与えられた。

単調な人間味のない仕事は、高給でなければ誰もやらなかったからだ。 反対に、それくらいの給与を与えても利益を確保できる組織でもあった。

今は、それでも人が仕事、いや作業を群がるので、デフレが拍車をかける。

デフレはさらに低品質、低サービスを招く。安いから、仕方がないとあきらめてしまう。

たったの100年間で、人間の単純労働の価値は、1/4以下に目減りしてしまった。

先週まで滞在していたゴールドコーストの時給は掃除人でも、コンビニの店員でも時給20ドル(1800円)以上だ。

それでもビジネスが回る設計がなされている。低所得者層でもインフレの中で生きていける。

ブリスベンの駐車場は1時間18ドル(1620円)でも満車となる。高所得者は、何時間もそこに車を止めてもビジネスが回る。 好景気だからだ。

しかし、レストランのサービス品質を比較すると、平均20ドル(1800円)以上のゴールドコーストと平均800円以上の日本を比較すると、日本のほうが格段に上だ。決して、日本のレストランはチップ制度があるわけではない。

スターバックスやタリーズらのスタッフは、さらに笑顔とおもてなしの文化を持っている。

自分に値付けできない仕事は「作業」となり、国の景気や世相に相対的に影響され、平均的な雇用価格でしか労働力を時間交換することしかできない。

高性能なパソコン、流通、そして組織は、さらに人間の単純労働の価値は、今後とも目減りさせ続け、ロボットで代用できないところだけが、人間に与えられる。

それが、ロボットでは難しいい箇所を人間がやるのは「職人」としてありだ。しかし、ロボットよりも人間のほうが安いので人間に発注があるのであれば、人間はロボット以上にこき使いやすいものとなる。

 人間は、高くても仕方がないと思われる「仕事」を心がけるべきではないだろうか?

 

 

 

 

 

 


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