喜びが1、不安とプレッシャーが99

Toshiaki Kanda 2004年04月20日 火曜日
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KNNエンパワーメントコラム by 日刊デジクリ

日本人人質の3人がようやく解放され帰国された。帰国会見のテレビメディアの報道を見ていると、素直に喜べない状況であった。

人質が解放されたことの喜びよりも、批判および訴訟を警戒しての弁護士を伴っての記者会見がなされた。しかも注目の3人は、PTSDと診断されたことで貴重な生コメントを聞くことがなかった。機内で書かれた(書かされた?)メッセージのみの代弁であった。

本人の口からのコメントが聞かれるのを期待していただけに、非常に残念な今回の邦人救出劇であった。むしろ、それ以上の話題が今度は動き出している。巷の情報では、救出費用は1500万円から数億円に至ると言われる。それを、人質家族にも負担を強いるという話題でもちきりだ。

「人道的支援」という観点から考えてみると、今回の人質も自衛隊がやっていることも、ボクは全く同じことだと思う。個人が勝手にやったこと、アメリカが国連を無視して勝手にやりはじめた事、法律を変えてまで自衛隊派兵に勝手に対応した事だからだ。

民間人の人質事件は落着しつつあるが、今後は自衛隊が同様もしくは、それ以上の事件に巻き込まれる可能性はさらに高まっている。ある意味、政府にとっては、今回の事件は、自衛隊が万一の時に対しての、貴重なシミュレーションとなったいい機会でもあろう。メディアの報道のパターン、世論の動き方も読めたのではないだろうか? 

むしろ、人質となった彼らに感謝し、ねぎらいの言葉の一つでもかけてあげてもいいのではと感じる。文句を言う立場ではない。

しかも、今回は「自己責任」というキーワードで、あくまでも勝手な個人の責任のない行動のための被害者としての立場を主張してきたように感じる。

いつから、こんな余裕のない国に成り下がってしまったのかと思うことが多い。貴重な税金が今回の事件でも使用されていると言われるが、もっと無駄な税金を上げればキリがないほどだ。

あれだけ政府に自衛隊撤退を紛糾していた人質家族が、せっかく家族が戻ってきたにもかかわらず、「喜びが1、不安とプレッシャーが99」と言わせてしまう事に問題を感じざるを得ない。これはすべての問題意識を持つ人たちを巨大な利権関係でねじふせているとしか考えられない。

税金を納め、年金を払い続けてきている邦人たちが、世界のいかなる場所であろうとも危険な目に遭っているのだから国から保護される権利はあるはずだ。

パスポートには日本国外務大臣の署名で、「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助をあたえられるよう、関係の諸官に要請する」と明記されている。他の国に要請するくらいなのだから、自国が自国の責任において保護するのは当然ではないだろうか?

今回の事件はパスポートに明記されている文言から考えると、「危険勧告がなされている国における行動はこの限りではない」という項目を付け加えてから、国は文句をいうべきだろう。

とにかく、人質の人命に問題なく帰国できたことを喜ぶだけではなく、なぜ今回の事件が起きたのか、原因を生んだのは誰なのか? また、その問題の根本的な解決がなされていないことに注目すべきであろう。さらにメディアの報道が単にアルジャジーラを見てそのままレポートしているだけなのも問題である。

せめてイラクに駐留しているのだから日本のメディアも視聴率を気にせずに、日本人の観点で解説し、報道できる体制が必要であろう。視聴率を気にしないでいい放送局の方々、ぜひ、独自取材ができる体制を現地でお願いします。労働組合や万一の補償がどうのというジャーナリストはすべて首にすればいいだけなのです。

日本人が日本人のために提供できる海外の報道機関がない限り、国際問題は常に鎖国時代と同様に、海外業者から輸入した情報でしか判断できないことが問題だ。

Category: コラム
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Toshiaki Kanda