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【映画】『トランスフォーマー』とフランケンシュタイン・コンプレックス

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フランケンシュタイン・コンプレックスとは…。

ロボットの語源は強制労働

創造主(アブラハムの宗教の“神”)に成り代わって人造人間やロボットといった被造物(=生命)を創造することへのあこがれと、さらにはその被造物によって創造主である人間が滅ぼされるのではないかという恐れが入り混じった複雑な感情・心理のこと。

アダムとイブが禁断の知恵の果実を食べた後、神は罰としての「労働」をアダムに、「出産の苦痛」をイブに課せられた。その労働を意味する語源が「ROBOTA=チェコ語で強制労働」。
1920年、チェコの戯曲家、カレル・チャペックが作った造語が「ロボット」だ。
19世紀の産業革命のより進化した後の世界観を描いている。

フランケンシュタイン・コンプレックス

フランケンシュタイン・コンプレックスは、メアリー・シェリーの小説「フランケンシュタイン」に由来する言葉で、SF作家アイザック・アシモフが名付けた。このロボットに対する人間の潜在的な恐怖が、「ロボット工学三原則」を生み出したという事になっている。

欧米では、基本的にロボット=悪という概念が深く根ざしているそうだ。

「フランケンシュタイン」は、ロボットの生まれる100年前の、1818年のメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」に登場する。ヴィクター・フランケンシュタインが創造したモンスターの話だ。

トーキー映画時代の題材としてヒットしていく
https://www.youtube.com/watch?v=TcLxsOJK9bs

創造主であるフランケンシュタイン博士に名前を与えられることもなく、生み出されたモンスター。モンスターに子孫繁栄のための伴侶を懇願されるがヴィクターは拒絶。それによりヴィクターの家族はモンスターに殺戮される。これが、「フランケンシュタイン・コンプレックス」だ。西欧での「人造人間(ロボット)=人間に危害を及ぼす悪魔」というイメージが確立した。
https://www.youtube.com/watch?v=-pkAiQctFos

BT ビフォー・トランスフォーマー世紀

人間が創造した怪物やロボットに関して、「フランケンシュタイン・コンプレックス」は悪の象徴として描いている。

映画「ウエストワールド」や「ターミネイター」や、ロボットは完全な悪者だ。反対に日本では、「鉄腕アトム」に代表される原子力ロボットはヒーローだった。「ドラえもん」はロボットらしさが伺えないほど高性能だ。

キリスト教圏、つまり西欧では“フランケンシュタイン・コンプレックス”(「ロボットが人間に反逆するのではないか」という機械嫌悪に基づく不安。SF作家のアイザック・アシモフが唱えた)がロボットキャラクターの普及をさまたげている

なぜガンダムは海外で人気がないのか
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1205/30/news013.html

タカラトミーのトランスフォーマーサイト
いわば、ビフォートランスフォーマー世紀の象徴だ。
http://tf.takaratomy.co.jp/toy/

20余年をかけて、トランスフォーマーアニメが、フランケンシュタイン・コンプレックスを払拭していく

AT アフター・トランスフォーマー世紀

本来、日本のロボット玩具であったトランスフォーマーは、2007年に公開された映画『トランスフォーマー』とその続編により、興行収入と関連商品あわせて2兆円(178億ドル)の市場を生み出した

タカラトミー(トランスフォーマー)と事業提携しているハズプロの売上

2007年「トランスフォーマー」映画公開
2011年「トランスフォーマー・ダークサイドムーン」

❏トランスフォーマーは、1980年代前半にタカラが販売していた「ダイアクロン」「ニューミクロマン」を中心に、他社の変形ロボット玩具も含んで北米で「TRANSFORMERS」として売り出したところからはじまる。従って、出自は日本のロボット玩具である。

❏ガンダムを中心とする日本のロボットキャラクターが海外で伸び悩んでいるのに対し、トランスフォーマーはどうしてフランケンシュタイン・コンプレックスを克服できたのか。その謎を解くカギは、1984年から始まる一連のアニメーションシリーズにある。

❏アニメシリーズはほとんどが日本で作られているが、初期は脚本、絵コンテなどのプリプロとポスポロ(音響、編集)を米国で、メインプロダクションのアニメーション映像制作を日本でやるといった合作スタイルだった(1984年から続く長期シリーズだが、製作体制は何度も入れ変わっている)。

❏米国サイドがクリエイティブをコントロールしていたわけだが、その過程でフランケンシュタイン・コンプレックスを解消するための手法が注入されたのだろう。ある意味、キリスト教圏に向けたローカライズとも言えるが、「超ロボット生命体」として「機械の身体を持った人間」というニュアンスを付加することでロボットアレルギーを徐々に取り払っていったものと思われる。そして、ハズブロはロボットとの20年以上に渡る関係性の中で得たそれまでのノウハウを、2007年から始まった映画シリーズにつぎ込んだのだ。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1205/31/news011.html

つまりキリスト教圏におけるフランケンシュタイン・コンプレックスはロボットの中にも極めて人間的な宗教心を20年来のアニメのアウトバウンドによって培って形成された成果と分析されている。

いかに、人間らしくふるまえるかどうかというロボットの課題は、まるで将来的には、「ブレードランナー」のレプリカントへの道へ向かうのかもしれない。

いや、むしろ人間的な感情は持たせても、ロボットという地位は明確にする意味としてのPepperのようなコンパニオンとして扱うかのどちらかだ。

https://www.youtube.com/watch?v=f0V64R7uC9U


フランケンシュタイン・コンプレックス―人間は、いつ怪物になるのか

トランスフォーマーでのミカエラ・ベインズ役のミーガン・フォックス

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