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【訃報】鳩山邦夫さん(67歳) 十二指腸潰瘍

自民党の鳩山邦夫元総務大臣が亡くなりました。67歳でした。

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20160622-00000020-ann-pol

鳩山邦夫氏は衆議院福岡6区選出の当選13回、東京都出身で、祖父は鳩山一郎元総理大臣、兄は鳩山由紀夫元総理大臣です。
田中角栄元総理大臣の秘書を経て、昭和51年の衆議院選挙に旧東京8区から立候補し初当選しました。
宮沢内閣で文部大臣として初入閣したあと、平成5年に自民党を離党し、旧新進党を経て、平成8年には兄の鳩山由紀夫元総理大臣らと旧民主党の結党に参加し、副代表も務めました。
その後、平成12年に自民党に復党してからは、衆議院議院運営委員長や法務大臣、総務大臣などを歴任しました。
鳩山氏は、自民党内でみずからが会長を務める派閥横断の議員グループを作るなどして活動を続けていましたが、体調を崩し、入院していた東京都内の病院で亡くなりました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160622/k10010565971000.html


https://www.facebook.com/hatoyamakunio.hongo/

友人の友人はアルカイダ

鳩山邦夫元法相「友人の友人はアルカイダ」発言の真意を語る

❏アントン氏は商売で蝶を扱っているため、蝶のコレクターでもある鳩山氏は、”蝶仲間”を通じて同氏の存在を知った。鳩山氏は「アントン氏には会ったことがないが」と前置きした上で、アントン氏が事件前、”蝶仲間”に「『バリ島の中心部には近づかないでくれ』と予告していた」ことを明かした。

❏また、バリ島での爆破テロ事件以後アントン氏が複数回日本に入国していると鳩山氏は言う。「(アントン氏は)日本に入ってくると蝶の商売をしている人に話をしにいく。『これでアメリカをやっつけて世界が平和になったら、また蝶の商売を一緒にやりたい。一緒に会社を作っている友人もいるし』と」。

❏「その話を私は防衛庁、まだ『(防衛)省』になる前に言った。警察庁、警視庁に言った。法務省入管にも言った。どこも取り合わなくて、何にも行動しなかった。それくらいこの国は危ない国なんだ。バリ島の中央部を爆破した人が日本に3回入国して『やっぱり爆破するなら新幹線だろうかな』なんて言ってるかどうかは知りませんが、私はそのことを指摘した。こんな平和ボケはだめだと。だから、(自分が法務大臣になったときには、出入国時に)指紋や顔写真を使うようにした」
と、「友人の友人はアルカイダ」発言の真意を語った。

http://getnews.jp/archives/125613

「4代続けて全員東大」鳩山家の教育方針

❏父も祖父も曾祖父も東大卒。そして1つ違いの兄も東大に入学したら、弟はどんな気持ちになるのか? 「男だったら東大が当たり前」の家庭に生まれ育った政治家・鳩山邦夫氏が、自ら経験した一族の教育方針について語る。
❏邦夫氏は「私は生来の勉強嫌い。庭の片隅でナスやピーマンを栽培したり、いまも趣味にしている蝶(ちょう)を追いかけて遊んでいました。勉強というのは“自己責任”ということが徹底されていたのです」と振り返る。
❏「もともと算数の計算は得意でクラスで1番。国語も小2のときに『原色日本蝶類図鑑』を買ってもらい、説明文を周囲の大人に読んでもらっていたので、飛翔(ひしょう)とか美麗、垂涎(すいぜん)などという難しい漢字の読み方も意味も知っていました。ただ、暗記モノはヤル気がなかったので苦手でした」
❏そこで邦夫氏は、社会科の教科書を開き、試しに数年後に開通を控えていた東海道新幹線の東京~新大阪間の所要時間やインドネシアの島々の名前を覚えた。すると、ミニテストにその問題が出て、簡単に100点が取れた。邦夫氏は「なるほど、勉強すれば満点が取れるのだな」と、勉強の効用に気づいたという。
❏「例えば数学の問題なら、1メートル×2メートルくらいの黒板を買ってもらって勉強部屋に置き、自分が教師になったつもりで声を出しながら解いていきました。すると、机の前では歯が立たなかった難問がフッとひらめいて解けるようになる。また、『徒然草』や『源氏物語』などの古文は、現代語訳だけ読んで原文は見ません。こうやって全体をつかんでおけば、どこが試験に出ても大丈夫でした」

http://president.jp/articles/-/10077

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