明石花火大会事故の半年前

Toshiaki Kanda 2006年05月13日 土曜日
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2006年5月10日に控訴審初公判が開始となった。
現在一審判決で有罪となったのは、現場の担当警察幹部、警備会社社長、執行猶予で明石市役所元幹部3名だ。本来の責任者であり長でもある、明石警察署署長や明石市役所署長らは何の責任も問われていないことがボクは不思議でならない。

この映像は、事故当時のものではない、半年も前の、しかも1/3の規模の来場者でのハプニングだ。それでも、「将棋倒しや圧死寸前」であった。事故当日は、16名でこの規模の警備に当たっていたという。信じられない警備のずさんさだ。責任者たちは、一度、この「圧死するかもしれない恐怖」を味わえ!と思った。

遺族らは、「検察審査会」に再捜査を願い、異例の2度目の「起訴相当」という判断が得られた。しかし、今月末にはその責任者たちを訴求する効力もついに「時効」となってしまうのだ。

そこで、少しでも時効になる前に何かできることはないか?と考えた。
そこでブログでこの映像を公開することにした。
今までテレビ局を通じて提供し、裁判の資料などにも使っていただいたが、真の責任者の「訴追」には及ばなかったようだ。ここは「世論」というかウェブ2.0の「群集の知」を使ってでも、この時効までこの問題を明確にすべきだと思う。
この映像は、「著作権フリー」とさせていただく、自由にブログなどで使ってほしい。
http://www.youtube.com/watch?v=_s1vFggzzmI&eurl=http%3A%2F%2Fknn%2Etypepad%2Ecom%2Fknn%2F2006%2F05%2Fpost%2Ehtml
Embedされたソースがあるので、ブログにはりつけてコメントをしてほしい。
また、ビデオ共有編集サイトjumpcut.comには、
http://www.jumpcut.com/view?id=860D3BE0E20F11DA9988E2D0C43C6E17
編集できるタイプの映像をアップしておいた。

現在の末端のトカゲの尻尾切りのような判決がなされていることが問題なのである。検察が再捜査をするとしても、実質的な捜査は検察ではなく警察が行うのだ。警察に不利な情報が検察にわたされるわけがない。
現在の組織としての個人に責任が問われるのではなく、組織的なセクショナリズムに問題があったということを、責任者に謝罪させ、世間に知らしめることが重要だ。
それがせめて亡くなられた方々や遺族への慰謝料の額にも影響することだろう。

当時、ネットで公開していたコラムより

2001.07.23 Monday
「明石の事故は起きるべきして起きた」
神田 敏晶KandaNewsNetworkビデオジャーナリスト

「カウントダウンの明石では、21世紀初の大惨事がおきようともしていた。
12月31日、午後11:45分、カウントダウン会場の明石・大浦海岸の最寄駅であるJR朝霧駅上の歩道橋では、大浦海岸に入れない人、約2000人が歩道橋上で身動きが取れない状況となった。花火などのイリュージョンが終わるまでの間、何のアナウンスも誘導らしい誘導もないまま、次ぎから次ぎとなだれ込む人の波で集団での将棋倒し事件になる寸前であった。駅出口でのアナウンスは何もなし。
警備のガードマンも歩道橋上には入れず、無管理の状態で何度も人の流れが押し合いへしあい、前へ後ろへと危ない状況でくりかえされていた。
12:20頃、花火が終わり、イベントの終了を感じてからようやく列の波はとかれて、安堵の時を迎えた。

あまりの管理体制に苦情をいうと、JRの警備担当者は「うちの管轄は駅の構内までで歩道橋は警察管轄」と「警察は主催社の予測人数に応じた人員体制をひいている」との事。こちらはカウントダウンどころではなく、事故がおきないことのみを心配していた。

幸い事故が発生せずに、安心したが、一歩間違えれば、数百人規模での将棋倒しの人身事故が今世紀初のニュースとなっていたことだろう。当然、道路は大晦日の大渋滞であり、救急車も通れない状態であった。セクショナリズムの意識から尊い命が失われていても、おかしくなかったことだけをここに報道しておきたい。こうして、記事が書けていることに21世紀最初の命びろいをすでに経験した思いである。
参加した人々に「インパク」って知っていましたか?と聞いたが、誰もが「インパク?」という反応でした。カウントダウンに集まった大勢の人々にせめて、今回の趣旨をもっと知らせる必要があったことだろう。沖縄では十
分伝わったことと思うが…。誰がためにインパクの鐘は鳴る?
(KandaNewsNetwork 神田敏晶)」

これはボクが今年の1月1日に「日刊インパク」で書いた文章だ。
場所は同じ明石市の大浦海岸のあの朝霧歩道橋であった。
この新世紀のカウントダウンの時の人出は5万人。今回の花火大会は13万人だ。橋上には同じく3000人が身動きとれない状況…。
このニュースを聞いた時に、あの日の悪夢がよみがえった。あの橋の上にいた瞬間、誰もが人身事故の予感がよぎる「さがれ!」「押すな!」との罵声が上がるが、そんなことではこのパニック状態はまったく解除されない。

プラスチックのガラスに押しつけられる体に、まさかこんなところで圧死するのかとも感じたほどだ。その時に感じたのは、「こんなところに、こなければよかった…」であった。しかも、あの時は真冬であり、今回の事故は、
真夏の暑い暑い夜…。橋の上にいた方々のことを想像するととても不憫でならない。どうして、対処できなかったのであろう。

万一の事故の際のライフラインとなる国道の2号線はいつも大渋滞。しかも、この時も大渋滞で救急車も身動きがとれない往復2車線のみ。これも万一の危機対策がまったくなされていない。
阪神大震災、酒鬼薔薇事件、この周辺での危機対策意識は万全のはずであるはずだ…。

亡くなった方々への冥福を祈るのは簡単だが、それだけではなんとも言い尽くせない事故であった。今回の事故は、今年のはじめから、本当にわかっていた事であり起こるべきして起きた、事故ではなく人災である。

残念なのは、死者が出たことによってはじめてマスメディアも動きはじめ、急速に意識が高まることであろう。本当はそうなる前に意識しなければならないことである。そうすると未然に防げたのである。
今後のイベントには、イベント法のような法的な規制が登場することであろう。

しかし、問題は死者が出る前に、事故がおこる前にその可能性を予測することが大事なのである?いくら法律を作ったところでも、意識がなければまた同じ、予測しえない事がおきることであろう。

死者がでる前にできることはまだまだある…。予想を上回ることで予測できないでは、意味がないのだ。

たった半年前にも同じ事故がおきそうだったのだったから…。地方自治、警察、交通機関、イベント主催社、今回の件を真摯にうけとめてほしい。

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Toshiaki Kanda