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イタリア料理を広めたペッレグリーノ・アルトゥージ

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イタリア料理でアルトゥージの名前を知らない人はいないだろう。

かつて貴族のお抱え料理人でしか知らなかった料理のレシピを広く一般に紹介した人だ。彼がいなければ、イタリア料理はここまで広がらなかったのではないだろうか?

 

 

 

彼が書いた「La scienza in cucina e l’arte di mangiar bene」は、あえて訳すなら「厨房の科学と美食法」だが、そのやや固いタイトルではなくイタリア人でさえ「Ricettario di Artusi」=「アルトゥージの料理本」と呼ぶことが多い。

郷土料理巡礼の旅 アルトゥージ・ブーム再来
http://www.itrw.jp/cisono/2013103883.html

 

彼は、1820年8月4日に、フォルリンポポリというロマーニャ地方の町で、商人の家に生まれました。

イタリアは、1700年代末にはナポレオンに支配され、ナポレオン没落後はウイーン会議で細かく分割されました。
これらの時代を通して徐々に、外国の支配からの解放とイタリア統一運動の気運が満ちていきます。
アルトゥージの生きた時代の前半は、まさに、1861年のイタリア統一に向けて、革命や蜂起がイタリア各地で起こった時代でした。

イタリア統一後のイタリアは、近隣諸国の戦争に加わってヴェネチアやローマを獲得し、エチオピアに侵攻し(1889)、リビアを植民地化し(1911)、そして第一次世界大戦(1914)に突入します。

アルトゥージ自身は、1851年に大きな災難に見舞われました。
当時世間を騒がしていた、いわゆる義賊と呼ばれる盗賊団に町が襲われ、アルトゥージの家も襲撃されて、略奪にあったのです。
翌年、アルトゥージはフィレンツェに移ります。
本が出版されたのは、1891年。
そして1911年3月30日に、フィレンツェで亡くなりました。
90歳でした。

ペッレグリーノ・アルトゥージ
http://prezzemolo-creapasso.blogspot.jp/2008/06/blog-post_23.html

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