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ボスは14歳 「デジタルネイティブ 次代を変える若者たちの肖像」




NHKスペシャルで放送された番組「デジタルネイティブ」が書籍化された。

三村忠史さんも倉又俊夫さんも存じているだけに、この番組がテレビで伝えられる要素は、なんとなくデジタルネイティブというジェネレーションが存在しているというところを、まずは伝えられれば成功というニュアンスを持って、番組を見させていただいた。本当は、シリーズで追いかけ、彼らの変化がいろんな場所で、変化を起こしているという月1本の特番スタイルでやらねばならない規模なのである。

この書籍は、テレビをより深く理解し、テレビの側面情報を知ることができた。有料オンデマンドでは視聴できると思うが、この本を先に読んでからテレビを見たほうが「デジタルネイティブ」という概念の理解は深まると思う。

テレビを見逃してしまった人にとっては、この書籍をスタートとして読んだほうが良いと思う。近い将来、NHKもYouTubeのようなプラットフォームで再放送を視聴させたいと思うだろう。本当はしたくても、法規制側の問題なのかもしれない。

日本人の悪いクセだが、リアルネイティブな人たちは、何でも勉強という学習ツールのスタイル使って理解しようとする。試験で答えられる、上司に説明できるフォーマットに落とし込んでしまうことだ。

それは覚えただけであって、本当に理解したことにはならない。

むしろ、そんなことよりも、デジタルネイティブの行動をコピーし、自分の行動の中の自己の変化をアナライズすべきなのだ。違和感や非日常性が、何なのか?どういった意味を持つのかをを皮膚感覚でとらえた上で、勉強に重ねる必要がある。

ボスは14歳という、現在15歳のアンシュール・サマー君が、今回の主人公である。

彼とはYouTubeのファン同士になった。このテレビ番組を見て、すぐに彼のYouTubeビデオのサブスクライバーになったからだ。速攻で彼もボクのサブスクライバーになっていた。

きっかけは、テレビ番組である。しかし、ネットはリアルにそれらの関係性を結びつけてくれる。ボクにとっても、テレビは仮想(バーチャル)であり、ネットは現実(リアル)なのだ。
いつの日かボクはアンシュール君とリアルで会ってみたい。彼はその価値をあまり気にしないと思うが…。

アクセスのできないテレビはきわめて仮想的で、自由にアクセスできるネットは、リアリティーに満ちている。

「ボスが14歳とは、信じられなかった」とアンシュール君に雇われた30代のデザイナーは言う。「まさか、自分が14歳の子供にダメだしを出されていたとは…」と。

そう、今ままでの概念だと非常にショックな事なのである。14歳の子供は、ただバタバタ走り回るだけで何も社会のことを経験していないガキだった。少なくとも今までは…。

しかし、この本でも記述されているが、デジタルネイティブは、本は5000時間しか読んでいないが、ゲームやネットには1万時間以上も費やしている。彼らの、情報に対してのアプローチは今までとまったく違った効率の良いスタイルに仕上がっている。経験とヒマと小遣いの少なさが、彼らをさらにネット上でのビヘイビアをスマートにし、スキルを日々向上させている。

14歳ともなれば、ネット経験でいえば、30代以上の反射神経やネット上での経験値を持っている。すべて、最初から最新のものからスタートしているからさらに洗練されている。ダイヤルアップの頃の話は、第二次世界大戦の歴史の話と同列である。
そんな環境の中で、同世代と常に情報をシェアしているからだ。

彼らにとって、ニンテンドーDSは、ゲームではない。ゲームという枠組みを超えて、人生のメンターとなっていることだろう。人生のうちで、一番接触しているメディアなのかもしれない。
また、家庭や学校というリアルな社会で生きながら、ゲームの対戦で、ネット上の誰かと常につながっている複走したマルチな人生を歩んでいる。目に見えていること意外に進行しているものを感知する能力を持っているのだ。

これは、ウォークマンやiPodで、好きな音楽をただ、受動的に聞いている世代とは、感覚が違う。デジタルネイティブは、そんな意味では、人類2.0であり、ニュータイプなのだ。

ボクたちの古びれたCPUのプアなネット経験を捨て、彼らのネイティブなネット行動を学ぶのだ。メディアの体験が違うだけなのだから「ベンジャミン・バトン」化すればいいのだ。

会社という概念も、事務所があって、机をならべて、上司がいて…という構図から、立ち上げベンチャーならば、どこでも、オフィスのない会社。会ったことのない社員というのがこれからの主流になることだろう。

それでコミュニケーションが成り立つのか?と思われるが、成り立つのである。

ボクたちオトナに、とっては、そういったいわば、「デジタルネイティブ」という一種の「スキルが足りない」時代になるのだろう。

そう、スキルは、身につければいい、もしくはスキルのある人にまかせればいいのである。

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