生まれてはじめて、銀塩フィルムカメラをさわったデジタル世代の反応が面白い!

Toshiaki Kanda 2014年11月17日 月曜日
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・カメラにフィルムを入れるのに悪戦苦闘!!

さすがに最年長の13歳は現像フィルムを見たことがあって、撮影途中でカメラのフタを開けると写真がダメになることも知っていた。だが、実際にフィルムを渡されてカメラに入れるよう指示されると、どこに入れてよいのか分らずアタフタしている。何とかカメラの裏側にあるフタを開けたものの、なかなかフィルムを設置できずに苦労している様子だった。

・すかさず自撮り写真を撮る子供達

興味深いのは、なんとかフィルムを入れて撮影できる状態になったら、ほとんどの子が自撮り写真を撮影したことである。昔はわざわざ自分の顔を撮るようなことはしなかったが、これも時代を反映していると言えるだろう。

・すぐに写真が見れないとしてビックリ!

そして、デジカメのように写真をすぐに見ることができずに、現像するまで写真の出来が分らないと知ると驚嘆の声が上がっていた。「カメラの意味ないじゃん!」と口を揃えてグチる彼らに、現像代がかかることも伝えると頭を抱えこんでいた。

・“昔のカメラ VS デジタルカメラ” の結果は!?

「これって悪魔のカメラ?」

「カメラを買った後もフィルムが必要で、しかも現像代も払わないといけないし昔のカメラはお金がかかるな」

「たかが写真1枚撮るのに、こんなに手間がかかるなんて信じられない!」

引用元: デジタル世代に現像用フィルムを使うカメラを与えてみたらこうなった!! 「現像代がかかるなんてあり得ない!」と驚愕 | ロケットニュース24.

J-Phone(現・ソフトバンク)の「写メール」が取れるガラケーが登場した時、ゲテモノ扱いされた。画質が悪かったりしたが、コンセプトは現在のスマホの原型となった。

このYouTubeを見ると、カメラ=写真機 という概念がすでに変化していることがよくわかる。

今までの写真は「記念写真」であった。

現在の写真(…というメタファー)は、「画像ログ」である。

この差は、昼に食べたラーメンの写真を「記念写真」で現像して紙焼きする人はいなかったが、今は、今週のダイエットや、こづかい帳代わりに、画像で記録するために使う。

アルバムに貼って、時折思い出しながら目でるのが「記念写真」。

クラウドやシリコンメモリで、保存し、いつでもどこでも、スワイプして参照するのが「画像ログ」。

いま、デジタルカメラ、いや高級デジタル一眼の世界はレトロ回顧主義化している。

最新鋭のカメラがビデオも撮影できない、味わい深いメタファーとしての『記念写真』を撮影するためのものばかりになっている。フォルムは銀塩カメラデザインへ、完全に回帰している。

デジカメ売り場をモノクロで見ると、昭和な香りに満ち溢れている。

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今までは、アナログとデジタルと大きく2分割できたのだが、さらにデジタル・アナログ、アナログ・デジタル、デジタル・デジタルと進化してきている。

 

 

現在のデジタル製品の最大の特徴は、恐るべきランニングコストの低廉化だ。

それと、テレビチャンネルの中からや新聞のブランドの中から、限られた雑誌のコミュニティの中から月刊かはやくて週間の情報を得る方法しかなかった。

「私が知っている事は、みんなが知っている」時代だ。

しかし、今は、「私が知っている事は、みんなが知らない」「私が知らない事は、みんなが知っている」という極端な例が増えてきた。

「ネットで話題」といっても、どのコミュニティで話題なのかによって関心事が大きく異なる。

アニメの世界、ソーシャルゲームの世界、小中学校の世界で、大学で、会社で、それぞれに部落的な集落を作り、他の部落に対して排他的なコミュニケーションを取り始めている。

常識というコモンセンスを表す言葉が死語となる日も近いだろう。

同じ日本人同志でも理解できない人種が増えてくる。

いままでは、ジェネレーションによって大きく形成されたギャップが、そのうちネット上で自律的な学習を外国語でもはじめだし、Wikipediaで予習し、メールで直接有名人と、やり取りするスーパー小学生も生まれてもまったくおかしくない。

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