毎週木曜日、週刊文春の発売日のたびに不幸になる人が増える思いだった。いや、だった…。
しかし、このインタビュー記事を読んで、かなり週刊文春のイメージが自分の中で変わった。
『週刊文春』がネットメディアに問う「それで面白いの?」
マネタイズの挑戦と未来、ショーンK・野球賭博スクープの真相
http://news.mynavi.jp/articles/2016/04/21/bunshun/
66万部の8割売れれば「完売」という世界
ベッキーさんの号は確かに完売ではないですね。一応、8割売れたら「完売」としているんですが、ベッキーさんの号は8割弱だったと思います。この「完売」、実は基準があります。出版界全体がこのラインを下げているんですが、うちは「8割」をラインとしています。66万部を完全に売り切るのは、日本全国津々浦々まで撒いているのでとても大変なんです。首都圏で売れても、地方ではそうでもなかったり。そういう意識の違いが生じることもあります。
今年に入って3冊完売しましたが、そのうちの1冊は9割超え(1月28日号)。これは2012年の原監督の号以来ですね(原辰徳の1億円恐喝事件 2012年6月28日号)。
つまり、週刊文春、一冊400円として、66万部の8割、53万部が実売数と考えることができる。完売で2億1,200万円の売上となる。書店22%(4664万)、取次に8%(1696万)、印刷原価15%(3180万)と考えると版元の売上純利益は、55%(1億1660万)となる。
つまり、週刊文春の編集部は、55人のチームで、完売時は1週間あたり、1億1,660万の売上純利益。
編集部員、特約記者1人あたり、212万を稼いでいることとなる。それが、毎週となるから4.3週とすると、911.6万となる。販管費に取材費を抜いても、これはこれでかなりの経費がかけられる体質がスクープを支えている構造のようだ。1/10かけても取材に91万はかけられる。もちろん、経営資源の分配率に大きく左右されるが。いずれにせよ、出版が当たれば大きいビジネスだということがわかる。
『電子書籍の衝撃』の衝撃――セルフパブリッシングは救世主か?
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/1005/31/news071.html
の書籍の比率から雑誌としてフェルミ推定
テレビ局への有償提供、週刊文春はメーカー、テレビはプラットフォームという発想
テレビ局には記事使用料をいただくようにしました。ちょうど先週からです。記事使用料が発生すれば使われなくなるかもしれないと思っていたら……みなさんジャンジャン使っていただいています(笑)。今まではすべて無料提供でした。これもコンテンツビジネスの1つですよね。例えば共同通信の写真を使わせてもらう時、お金を支払いますよね。『週刊文春』の記事や『週刊文春デジタル』の動画もそれと同じだと思うんです。うちのオリジナルコンテンツを使ってみなさん商売なさっているんだから、それに見合うお金はいただくべきだということを社内に提案して、それが通りました。
これは、週刊文春の新たなコンテンツビジネスモデルになっている。
3月の取材時なので、ショーンKさんの記事あたりからの有償提供ビジネスモデルだ。
スクープコンテンツを使用するには、費用がかかる。しかし、支払わなければ、他局に数字を運ばれるということで、週刊文春コンテンツを各テレビ局が購入しているということだ。圧倒的なスクープ力があるからテレビが報じない理由にはいかないのだ。また、仕入れコストがかかっているからこそ、テレビ局が、丁寧にしっかりと時間をかけるということで、週刊文春そのものの名前も各テレビ局によって、露出もされ続けるわけだ。
「下衆な週刊誌をテレビがただ乗りしている」構造ではなく、テレビも共謀者だったというWin Winモデルだったのだ。
週刊誌はウソばかりを塗り替えた。週刊文春は事実という動かぬ証拠
ネットの書き込みを見ていても「文春が書いているから本当だろう」というのをよく目にします。それが本当にうれしくて。今まで週刊誌は長きにわたって偏見の目にさらされてきました。「あることないこと、適当に噂を書き飛ばしている」みたいな。「まぁ、週刊誌だから」、そんなイメージだったと思います。それが「文春だから本当」になったのは大きな変化です。コンテンツビジネスを本気でやろうとしたら、この”読者からの信頼”は一番の財産、そして最大の武器になる。記事に書いていることが真実であり、しかもそれが面白ければ、きっとお金を払ってくれる。そうすれば、紙の売り上げとは別にデジタル上でも、ビジネスが展開できると思っています。
これは本当に正しい意見だと思う。たとえ、どんなに下衆な極みな取材でも、FACTをしっかりと掲示した上で、発売前に謝罪会見を自ら開かせるということは、「ウソばかりの週刊誌」のイメージを完全に塗り替えた。
完売になる時は前日に”何か”が起こることが多い。例えば会見。甘利さん、ベッキーさん、宮崎さんは、発売前日、当日にうちの記事に関して何らかのリアクションを取らざるを得なくなっていました。3月10日号(ショーンK氏の学歴詐称疑惑など)も売れ行きはわりと好調ですが、やっぱり前日にショーンKさんの活動自粛が発表されました。
文春がスクープを打てる理由
ショーンKさんの記事に関してはすごく単純なきっかけでした。彼が『ユアタイム』のキャスターに抜てきされると聞いて、「ついにここまできたのか」「すごい出世」と皆さん思いますよね。天は何物まで与えるんだろうと。どんな人だっけ?非常に謎が多く、ミステリアス。彼が公表していた情報はなかなか裏を取らせてくれないような、謎に満ちたプロフィールだったんです。手に入る資料では、全くつかみどころがなかったんです。人間っぽさがないというか、肌触りがないというか。非常に人工的に作り上げられたイメージはあるんだけれども、その一歩先というか、彼の生身の部分の人間性みたいなものが全然分からなかった。だから知りたい。それがはじまりです。取材をスタートした段階では、まさか「ホラッチョ」なんてあだ名だったとは夢にも思いませんでした。
つまり、スクープの前に素朴な疑問を、解決するために調べてみると、さらに疑問がでてくる。そこから取材をするといろいろと発見があった…。基本的にスクープを打つための情報源を極秘に入手などではなく、誰もが知りえる情報に疑問を抱き、取材したいというオファーをあげたところだった。もちろん、話題の人だから、取材価値を生んでいるという人選も重要だった。これも意外にジャーナリズムの本質そのものである。
たかが週刊誌、世の中の興味の中から、本音の情報を、本質に迫るような内容で、わかりやすく
われわれがやっていることは極めてシンプル。「世の中の多くの人が興味を持っている人物、事件」について、「建て前やきれいごとではない本音の情報をなるべく本質に迫るような内容」で、「分かりやすく」提供していくこと。それが『週刊文春』のやるべきことだと思います。それをやっているだけなんですよ。その結果、活動を自粛されたり、辞任につながったり。その結末を狙ってるわけでは決してありません。そんなことを考えていると、方向性として間違ってくる。自分で言うのもなんですが、われわれは「たかが週刊誌」です。一週刊誌が「大臣の首をとってやる」なんて、そんな傲慢な姿勢で雑誌を作ったら、やっぱり世間はそっぽを向くと思います。
結果としての活動の自粛や辞任…。週刊文春のポリシーとして「本音の情報」をわかりやすく届けるというのはとても明確だ。つまり、文春が暴いているスクープは、つまり世の中の多くの人が興味を持っている人物しか狙っていないということだ。そこにある、素朴な疑問の追求がスクープを生むというのは、単に張り込むだけのことではなく、仮説設定があり、それを証明するための行動であるようだ。取材対象や取材内容に、まだまだ違和感はあるが、取材ポリシーは明確だ。
週刊デジタルの読者は2万人、有料読者は6000人
週刊文春デジタルの会員は順調に増えていて、今は6,000人ほどになりました。
今ではデジタル動画も使用料をいただいています。もちろん何でもかんでも動画を撮れとはまったく考えていませんが、必要に応じて、動画にも力を入れていくと雑誌の可能性が広がりますよね。
週刊文春WEBの無料会員をとにかく増やして、その方たちとアンケートを通じて直接つながる。現在、2万弱の会員数です。読者とダイレクトにつながることによって、「俺のメディア」「私のメディア」という参加意識を持っていただき、その反応を誌面で紹介する。読者の皆さんにとって、自分の声が、世の中に少なからず影響を与えるかもしれない「場所」としての『週刊文春』を作るべきだと思ったんです。
月額864円のブロマガ 6000人で518万円
http://ch.nicovideo.jp/shukanbunshun
たしかに、まだ、ブロマガの利益は紙のヒットと比較すると桁が違う…。しかし、ここをどう伸ばせるかが、新たな「週刊文春」の手法だ。
このインタビューを読んで、週刊文春、いや、新谷学編集長の考え方に共感できる部分が多い自分の変化に一番驚いた…。
こちらのインタビューもおもしろかったです。
『週刊文春』新谷学編集長ってどんな人? 涙の完売から見えた、55人の”仲間”たち – 連載「話題の人」第1回
http://news.mynavi.jp/articles/2016/04/14/bunshun/