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【ギター】ギブソン社、フェンダー社の歴史

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ギブソン社 シリアルチェック 

http://www.guitardaterproject.org/gibson.aspx

●8桁表示のもの。
a.シリアル1桁目、5桁目:生産年西暦の十の位と一の位
b.シリアル2桁~4桁目:作られた日を1月1日から数えた数
c.シリアル6桁目:工場コード
0~2が米モンタナ工場
3~9がナッシュビル工場
d.シリアル7桁、8桁目:その日の生産通し番号
→つまり#90438572なら、98年2月12日にナッシュビルで作られた72本目、ということ。

●9桁表示のもの。
a.シリアル1桁目、5桁目:生産年西暦の十の位と一の位
b.シリアル2桁~4桁目:作られた日を1月1日から数えた数
c.シリアル6桁目:一日の生産数
1本目~699本目が0
700本目~が1
d.シリアル7桁~9桁目:その日の生産通し番号を301~999にて表示。(6桁目に対応)
→つまり#015450301なら、2005年6月3日の1本目、
#015451301なら、2005年6月3日の701本目、となる。

フェンダー社シリアルチェック

6000番以前 1950年~1954年
10,000番以前 1954年~1956年
10,000番台 1955年~1956年
10,000番~20,000番 1957年
20,000番~30,000番 1958年
30,000番~40,000番 1959年
40,000番~50,000番 1960年
50,000番~70,000番 1961年
60,000番~90,000番 1962年
80,000番~90,000番 1963年
90,000番~L10,000番 1963年
L10,000番~L20,000番 1963年
L20,000番~L50,000番 1964年
http://welcome.main.jp/judge/?p=512

【ギター】ギブソン社、※フェンダー社の歴史 
※はフェンダー社を併記している

ギブソン社 Gibson

アメリカ テネシー州ナッシュビル
https://ja.wikipedia.org/wiki/ギブソン_(楽器メーカー)

ギブソン社の創業者であるオーヴィル・ヘンリー・ギブソン氏(1856〜1918年)
1894年 ミシガン州カラマズーでマンドリン製作開始

1902年 販売会社としてザ・ギブソン・マンドリン・ギター・マニファクチュアリング 創設
1902年10月11日 社歴は114年

1920年~30年代にはアーチトップ・ギターのトップ企業

1936年 ES-150 発売

1942年 J-45 発売

1944年 CMI(Chicago_Musical_Instruments)がギブソン社を傘下にする 1944 to 1969

Chicago Musical Instruments
https://en.wikipedia.org/wiki/Chicago_Musical_Instruments

1945年 ※レオ・フェンダーがドク・カウフマンと共に「K&Fマニュファクチュアリング」を設立。
スティール・ギターとアンプの製造を開始 後のFender社

ヴィンテージギター誕生

1949年 ※フェンダー、エクスワイヤー発売
1950年 ※フェンダー、ブロードキャスター発売 プレシジョンベース発売
1951年 ※テレキャスターに改名

1952年 ギブソン レスポール 発売 ミュージシャン、レス・ポールの助言を得て開発

http://www.digimart.net/vintage/article/2013102506/
テッド・マカティーにより設計された『Tune-O-Matic』は6個の各サドルに溝が設けられ、オクターブ調整が可能

1954年 ギブソン・レスポール・カスタム発売


http://www.digimart.net/vintage/article/2013102506/07.html#1954

1954年 廉価版のギブソン ギブソン・レスポール・ジュニア発売

1954年 ※フェンダー ストラトキャスター発売 100本程度

1955年、ギブソン 白黒テレビで映える「TVイエロー」発売

1955年 ギブソン・レスポール・スペシャル

1957年 ギブソン レスポール 1957年モデルから採用された「P-490」ピックアップが搭載
「特許出願中(Patent Applied For)」のシールが貼られていたことからP.A.Fと呼ばれる

1957年 ギブソンの親会社CMI(Chicago Musical Instruments)がEpiphoneを傘下に
https://ja.wikipedia.org/wiki/エピフォン
http://www.digimart.net/spcl/gibson/

1960年代のエピフォンのギターはギブソン社のミシガン州カラマズー工場で生産 

1969年まで(ミシガン州)カラマズー工場で伝統的に作られてきたギブソン・ギターだったが、製造工程の機械化と大量生産化のため、(テネシー州)ナッシュビル工場へ移転して品質が変わる。1984年にカラマズ-工場は閉鎖。1969年までのエピフォンはギブソン カラマズー工場製

1958年 エクスプローラーとフライングV ES-335 発売
スペシャルとジュニアのボディ形状が、それまでのシングルカッタウェイからダブルカッタウェイに変更される。

ギブソン・レスポール・ジュニア徹底分析!

1958年 ギブソン レスポール サンバースト カラー登場 1960年までに1,400本製作
この頃のヴィンテージが世界最高値

http://www.digimart.net/vintage/article/2013102506/05.html#1958

1959年に発表された「ギブソン メロディーメーカー」
http://www.geocities.jp/guitarshop_maro/pages/legends/pages/01.html

1960年 ※フェンダー ジャズベース発売
1960年 ギブソン レスポールのシリーズ 販売不振で全面生産終了

1960年 スクエアショルダーのGibson Hummingbird(ハミングバード)発売

1961年 ギブソン レスポールモデル として、ダブルカッタウェイの Gibson SG 発売
SGは、ソリッドギターの略

1962年 スクエアショルダーのGibson Dove(ダヴ)発売

1962年 ※英マーシャル社 がJTM45 発売 (フェンダー・ベースマンを参考)

1963年 ※山野楽器が日本のフェンダー製品の総代理店になる 2006年に解消。

企業買収、ギブソン、フェンダー、冬の時代

ギブソンもフェンダーも冬の時代だが、レスポール、ストラトキャスターなどがアーティストにより復興する。

1965年 フェンダー社CBSに売却される

1965年 ※ネットワーク局のCBSがフェンダーを1300万ドル(14億6442万4000円)で買収
合理化した量産体制にはいり、質より量に価値をおいた
※CBSは多角化のために楽器メーカーの買収に乗り出す。ドラムのロジャース社、レスリー・スピーカーのエレクトロ・ミュージック社、ピアノのスタインウェイ社、オルガンのガルブランセン社、管楽器のゲマインハート社、シンセサイザーのARP社など。

1966年 ※フェンダー・ストラトキャスターがジミ・ヘンドリックスのデビューで注目を浴びる
1966年 ブルースブレイカーズでエリック・クラプトンが1960年製レスポールスタンダードを使用
1968年 ビートルズ ホワイトアルバム ジョージ・ハリソンにプレゼントしたレスポール「ルーシー」でホワイルマイギタージェントリー・ウィープスでソロ演奏

1968年 レスポール スタンダード 復活 ゴールドトップ シングルコイルピックアップ

1969年ギブソン社、ECL社に買収される

1969年 ECL(ノーリン社)社という南米のビールやセメントなどの複合企業が、ギブソンを買収
ギブソンの親会社であったCMI(Chicago Musical Instruments)がその権利をECL(Ecuadorian Company Ltd)へと譲渡したり、
1974年ごろにはそのECLの企業名が変わったノーリン(Norlin)社がギブソンを買収
http://www.ishibashi.co.jp/sale-event/12095

1969年にノーリン社に買収されてからは状況が激変する。それまで(ミシガン州)カラマズーで伝統的に作られてきたギブソン・ギターだったが、製造工程の機械化と大量生産化のため、(テネシー州)ナッシュビルの新工場への移転が決定。それは、転居に対応できない職人達を残していくことでもあった。その後、長らく続いたカラマズー工場は閉鎖される。
http://www.digimart.net/spcl/gibson/

アコースティック/エレクトリックともトップ企業となったギブソン社だが、1969年にノーリン社に買収されてからは状況が激変する。それまでカラマズーで伝統的に作られてきたギブソン・ギターだったが、製造工程の機械化と大量生産化のため、ナッシュビルの新工場への移転が決定。それは、転居に対応できない職人達を残していくことでもあった。その後、長らく続いたカラマズー工場は閉鎖される。ギブソン・アコースティックの歴史においては迷走期と言えよう。
http://www.digimart.net/spcl/gibson/

1972年 ※レオ・フェンダー、フェンダーの顧問を退任

1974年 ギブソン テネシー州ナッシュビル工場設立
1975年  ナッシュビル工場稼働

ミシガン州カラマズーで創業したギブソン社がテネシー州ナッシュビルへ軸足を移したのは1975年のこと。正確には1975〜1984年にかけて段階的に移ってきました。それ以降、多くのロック・レジェンドの腕にあった数々のレス・ポールもSGも、あの建国記念のファイヤーバードも、一時期はアコースティック・ギターや2000年まではESモデルたちも、このギブソンUSAファクトリーで作られてきました。
http://www.digimart.net/magazine/article/2016032501902.html

1977年、無断コピーしていた日本企業の台頭

1977年 ギブソン社、フジゲン(富士弦楽器製造株式会社1960年)を訴訟。ギブソンやフェンダーのコピーモデルを製造。アイバニーズ(星野楽器)、グレコ(神田商会)なども製造。しかし、フジゲンがすでに日本で商標登録済みでギブソンが敗訴する結果となり、フジゲンがギブソンに商標譲渡で和解

1977年 ※フェンダージャパンをフェンダー、山野楽器、神田商会、フジゲンで設立する

1981年 ※CBS フェンダー社の取締役にビル・シュルツ(ヤマハUSA)を招聘

1982年 ※日本製ビンテージ・レプリカブームに始めは静観を決めていた本家フェンダー社であったが、1982年に社運をかけたシリーズとして富士弦楽器(現フジゲン)の技術支援スタッフと共同で自社の旧製品を復刻したビンテージシリーズを発表、ビジネスとしても成功をおさめる。それらごく初期に製作されたビンテージシリーズモデルはフラートン工場(’85年より工場がコロナに移転)にて後のカスタム・ショップのスタッフにより製作されており、既にレギュラーモデルとなった現行のリイシューシリーズとは別格の扱いを受けている。

※Fender社は70年代中期~80年代初頭にかけて、大量生産による生産効率と収益性を最優先にしていました。
その経営努力も実を結ばず、経営は悪化し続けた為、CBSは経営陣を一新します。その時トップに立ったビル・シュルツ氏は、クオリティを創業当時のFenderに回帰させる事を目標にし、その中から1982年、現在でもロングセラーシリーズとして販売され続け、評価・人気の高い、ヴィンテージモデルを高いクオリティでリイシューしたAmerican Vintageシリーズ等が登場
http://www.teenarama.jp/84tele.html

1983年 ※フジゲンが世界ナンバーワンのギター出荷本数を記録

1984年 ギブソン、ミシガン州カラマズー工場を閉鎖 

1985年 ギブソンの元社員5名がミシガン州カラマズー工場の機材を買取り、Heritage Guitar Inc.を設立
http://heritageguitar.com/
荒井貿易がインポーターとなっている
http://www.ariaguitars.com/jp/items/other-brands/heritage/

1985年、蘇るギブソンとフェンダー 日本企業との再生期

1985年 新生ギブソン社 ノーリン社からギブソンを買収

PEファンドウエストン・プレシディオが42.92%株主 日本の山野楽器で14.28%を所有、
三番目の大株主は同じく日本の楽器卸問屋、神田商会で12.85% 3社で70%のギブソンの株式

新体制となったギブソン社は、良質なマンドリンを製作していたフラットアイアン社を買収。同社の工場をギブソン・アコースティックの新たな拠点とした。現在まで続くモンタナ工場の誕生である。ナッシュビルの工場はエレクトリック・ギター用に引き続き運用され、新たなスタート
http://www.digimart.net/spcl/gibson/

1985年 ギブソン モンタナ工場(アコースティック・ギター生産)の誕生 1989年から流通開始
モンタナ州の中のボーズマンにモンタナ工場設立

ノーリン社からギブソン社を買収したことが転機となり、アコースティック/エレクトリックともに“古き良きギブソン・ギター”が甦る。新体制となったギブソン社は、良質なマンドリンを製作していたフラットアイアン社を買収し、同社の工場をギブソン・アコースティックの新たな拠点とした。現在まで続くモンタナ工場の誕生である。ナッシュビルの工場はエレクトリック・ギター用に引き続き運用され、新たなスタートを切ったギブソン社は、高い品質と伝統性を保ちながら、時代に合わせた新モデルの開発にも積極的に取り組み始めた。
モンタナ工場からの出荷が始まったのは1989年。カラマズー工場などから運び込んだ伝統的な製作機具と現代的な技術をミックスさせて製作されるアコースティック・ギターは、厳しい品質チェックを経て今日も世界中に送り出されている。職人の手作業による工程が多く残ることから1日あたりの生産本数は50本程度と決して多くはないが、だからこそ、すべてのギターが“ギブソン・サウンド”を宿しているのだ。
http://www.digimart.net/spcl/gibson/

1985年 ※ヤマハUSAの経営者だったビル・シュルツが投資家ウエスタンン・プレシディオたちと共に、フェンダー社をCBSからTOB買収する。
山野楽器、神田商会らから支援をうけ、Fender Musical Instruments Corporation (FMIC)が誕生。
しかしCBSはフラトーン工場を売却していたので、フジゲン生産のフェンダーをフェンダー社が販売。
コピーを製造していたフジゲンがフェンダーの本物を製造するという逆転現象が起きた…。

※フジゲンがフェンダー工場の技術支援 (1984年~1987年)のフェンダーはフジゲンが生産
フジゲンの技術支援のもとコロナ工場を建設

フェンダーUSAエリート・モデル
  ↓
フェンダーUSAヴィンテージ・モデル
  ↓
フェンダーUSAスタンダード・モデル
  ↓
フェンダー・ジャパン
  ↓
スクワイア

1986年 ヘンリー・ジャスコヴィッツを中心とした共同経営グループがギブソンを買収
https://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Juszkiewicz

1986年に、HBSのクラスメートだったデヴィッド・ベリーマン(David H. Berryman)やゲーリー・ザブロウスキー(Gary A. Zebrowski)らとともにギブソンを買った時、同社は破産寸前の状態だった。 それは、20年近くにわたって続いた、以前のオーナー(ビールとコンクリートを専業とする、エクアドルのコングロマリット)によるミスマネージメントによる悪影響であったろうし、また安価な日本製品が大量に輸入されたという時代背景にも翻弄されて、ギブソン自身がスタンスを見失ってしまい、本来同社が行なうべきであった業務を遂行できなかったことが原因だった。彼はまず、それまでの経営内容や商品にいたる全てを見直した。
http://moon.ap.teacup.com/betrip/54.html

マホガニー、ローズウッド木材の枯渇

1987年 ※フジゲン、フェンダーと共同でフェンダー・メキシコ設立
新たな工場拠点としてフェンダーとフジゲンでそれぞれ4800万円(42万7200ドル)を共同出資し、メキシコ法人のフェンダーメキシコを設立する。同年にオーダーメイド部門のフェンダー・カスタム・ショップを設立。 1997年にバブル崩壊後、多大な負債を抱えていたフジゲンがフェンダージャパンとフェンダーメキシコの株式を売却し、フェンダージャパンは吸収合併され消滅、フェンダーメキシコはフェンダーの完全子会社となる。

1987年 ※フェンダーカスタムショップ 稼働 カリフォルニア州コロナ工場
1985年にビル・シュルツが最高経営責任者に就任、ビンテージシリーズのスタッフを集めて社内に別の組織として1987年に設立されたのが「フェンダー・カスタム・ショップ」の始まりとなる。
 1987年にフジゲンから杉本眞(現Sugi Guitars)ら技術指導チームを招き、ハイエンドを製造する前身の部署が設立された。またスタッフも外部からJohn Suhr、John Page、Larry L. Brooks、Michael Stevensら著名なビルダーを招き徐々に名声を広げていき、現在の形へとなった。あえて古い製法を復活させたり、レギュラーラインには使用されない銘木を使用したギター、長年の使用によって付いた傷や汚れ、錆などを再現し、使い込まれたような加工(エイジング加工)する新たな技術を投入するなど、特別仕様となる。有名ギタリスト本人が使用しているアーティストモデル、及びユーザーから発注を受けた特注品、楽器ショーなどに展示されるワンオフ生産のギターはカスタムショップで製作されている。

1988年 フジゲン、ギブソンと和解「オービルbyギブソン」エピフォンのインペリアルシリーズ設立

1989年 ギブソン、モンタナ工場(1985年設立)からの新ギブソン製品の出荷が始まる。

1991年 ※FMICは本社をコロナからアリゾナ州スコッツデールへ移す

1995年 ※フェンダー社、ギルド買収(2014年にコルドバ・ミュージック・グループ社がギルド買収)

Fender傘下
Gretsch
Guild
Ovation
EVH

1997年 ※フジゲン、フェンダージャパンとフェンダー・メキシコを売却 フェンダージャパン消滅(神田商会がライセンス認可2015年まで) 

2000年 ※フジゲン、トヨタ自動車のウッドパネルを手がける アイバニーズの高級機種や、島村楽器のHISTORYやCoolZをOEM制作開始

2000年  ESシリーズ(セミアコースティック)の生産拠点として発足したギブソン・メンフィス・ファクトリー稼働開始。2005年 カスタム・ショップとして、ヴィンテージリイシュー、カレントモデル、シグネチャーモデル等を製作。2013年よりMEMPHIS CUSTOMとして独立 
現在のギブソン製品は、ナッシュビル(レギュラー・ライン、カスタム・ショップ)、モンタナ(アコースティック)、メンフィス(ESシリーズ)と、部門ごとに生産拠点を持つ。

2003年 ※フェンダーが、グレッチを傘下に

2005年 ※FMICビル・シュルツ退任後、メンデロがCEOに就任

2006年 12月末日、日本国内の輸入総代理店であった山野楽器と米国ギブソン社との輸入代理店契約が終了。
現在は米ギブソン社直属の日本法人、ギブソン・ギター・コーポレーション・ジャパンが日本向けにモデルを供給

2008年 ギブソン レスポール、マホガニー チェンバード構造で軽量化

2012年 ギブソン レスポール モダン・ウェイト・リリーフ構造 発表

2012年 ※フェンダー社 IPO株式上場を予定したが中止に
プライベート・エクイティ・ファンドの米ウエスタンン・プレシディオ42.92% 山野楽器が14.28% 神田商会が12.85%
※ウェスタン・プレシディオは複数の企業に出資している…。フェンダー社もその一ブランドにすぎない


http://www.westonpresidio.com/

2012年 ※TPG Growth と Servco Pacific がウエスタンン・プレシディオの持つFMIC(フェンダー社)42.92%の株を引き受ける。
https://www.tpg.com/
http://www.servco.com/

世界の楽器市場は158億ドル(1兆7798億3840万円)で、このうち米国は64億ドル(7209億4720万円)
フェンダーは米国におけるエレキギター、アコースティック・ギター、アンプなどの分野でNo.1の市場占有率
http://markethack.net/archives/51829735.html

2012年 ギブソン 罰金
ギターのギブソン社、木材の違法輸入で罰金2300万円(20万4700ドル)
米司法省の発表によると、ギブソンはマダガスカルとインドで保護対象となっている黒檀を輸入していた疑いがあるとして2009年から当局の捜査を受けていた。またギブソンは、捜査の過程で約26万ドル(2928万8480円)相当の木材を押収されているほか、米魚類野生生物財団に5万ドル(563万2400円)を寄付することになっている。
http://jp.reuters.com/article/tk0867596-usa-gibsonguitar-madagascar-idJPTYE87603420120807

2012年 ギブソン、オンキヨーへ出資(現出資比率21.5%
2013年 ギブソン、ティアックを子会社化(現出資比率54.4%、ギブソンホールディングスによる出資)。

2014年07月 ギブソン東京にショールーム

名門の米ギブソン、東京から始まる世界戦略
ギター界の巨人が世界初のショールームを開設
http://toyokeizai.net/articles/-/43870

2014年 ※フェンダー U2のボノとジ・エッジ、フェンダーの役員へ

FMIC(Fender Musical Instruments Corporation)は2014年4月、デジタル戦略の開発を目指し、DashboxのCEOだったボブ・ロバック氏を新社長に迎えている。
https://www.barks.jp/news/?id=1000103995

2015年、 ※アンディー・ムーニー FMICのCEO就任
ナイキのjust do it ディズニーのプリンセスライセンス、サーフブランド、クイックシルバーのCEOを経て、Fendarのトップに…。

ナイキUSの最高販売戦略責任者を務め、「Just Do It」キャンペーンなどで成功を収める。2003年ディズニー・コンシューマー・プロダクツに移籍、社長職、会長職を務める。2013年クイックシルバー、2015年、フェンダーに移籍。
http://rollingstonejapan.com/articles/detail/24665/2/1/1

2015年 ※フェンダージャパン 2015年3月20日、山野楽器との販売代理店契約を終了し、フェンダーが日本に現地法人を立ち上げることを発表した。4月1日より新たに立ち上げられたフェンダーミュージックジャパン株式会社が業務を引き継ぐ。

2015年3月までは「フェンダー・ジャパン」ブランドとしてライセンス生産をしていましたが、それ以後はフェンダーの「ジャパンエクスクルーシブシリーズ」をダイナ楽器にて生産
http://guitar-hakase.com/964/

2015年 ギブソン レスポール オートチューニング機能 G FORCE 搭載

ギブソン子会社
エピフォンボールドウィン・ピアノウーリッツァーヴァレー・アーツスタインバーガーオーバーハイム

Baldwin Piano
Cakewalk
Cerwin-Vega
Dobro
Epiphone
Esoteric
Harmony Central
Integra
Kramer
KRK Systems
Maestro
Onkyo
Stanton
Steinberger
TASCAM
TEAC Corporation
Tobias [2]

エレキギター好きなオヤジの独り言
http://guitarsound.info/category/guitar-brand/gibson/

※フェンダー社 1946年レオ・フェンダー創業
https://ja.wikipedia.org/wiki/フェンダー_(楽器メーカー)
ウエストン・プレシディオ(42.92%)
山野楽器(14.28%)
神田商会(12.85%)
2011年売上 約7億ドル(788億5360万円) 売上のうち47%は海外 グロスマージンは31.1% 純利益は1万9千ドル 約2.4億ドル(270億3552万円)の長期負債
http://markethack.net/archives/51807378.html
売上 173,769,000ドル(195億7473万312円)
アリゾナ州スコッツデール

フジゲン株式会社
長野県松本市平田東3-3-1
売上 50億9千万円(2016年4月期)
http://www.fujigen-customhouse.jp/html/company.html

世界の楽器市場規模は6200億円(55億1800万ドル)

世界の楽器市場規模は、約6200億円(55億1800万ドル)(13年3月期。卸売りベース)に上り、ヤマハはその中で25%のトップシェアを誇る。中でも、アコースティックピアノ(シェア34%)や、電子ピアノなど電子鍵盤楽器(同50%)は圧倒的な強みを持つ。
実はヤマハは世界唯一といっていい総合楽器メーカーであり、それ以外は、個々の楽器に特化した専業メーカーがひしめいている。
http://wap.bbinfo.cn/ReadNetting/diamondforcolormobile.do?method=lry&id=11323&path=method=type%7Cpageno=10%7Ctype=91

ギタードラム市場は2400億円(21億3600万ドル)

https://www.yamaha.com/ja/ir/presentations/pdf/pres-101126.pdf


https://gyazo.com/e01d59d993cdcafb778b634ff39bfa86

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