【映画】のメディア体験 神戸・三宮・ビッグ映劇での想い出

Toshiaki Kanda 2015年01月29日 木曜日
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神戸のメリケン波止場第八突堤で、「007は二度死ぬ」のロケ見学の抽選に当たった知人と親と共に、ショーン・コネリーが敵を殴る生シーンの撮影を見た。小学校1年生だった。ちっとも殴っていないのに、その後公開された映画を見た時に驚いた。公開された映画では、迫力あるシーンになっているではないか!
なんとすごいことが映画ではできる!と実感した。

小学校から中学時代。
007映画は大好きな映画となった。しかし、「二度死ぬ」以来のボンド映画は死んでいた。
「女王陛下の007」「ダイヤモンドは永遠に」
そこに、1973年、「死ぬのは奴らだ」が登場だ。

ロジャー・ムーアのジェームズ・ボンドの幕開けだ。
テーマ曲の作曲家「ポール・マッカートニー」にも初めて興味を持った。

公開から一年後、1974年にビッグ映劇(※現在はレストラン)で「007死ぬのは奴らだ」と「007ダイヤモンドは永遠に」のカップリング上映となった。中学生は2〜300円だったので、毎日のごとく観に行った。そのうち、映写室にもおじゃまするようになり、映写機についても教えてもらい、フィルムの交換のマークがでた瞬間に映写機をスイッチングする操作を教えてもらった。

劣化したフィルムをテープで補正したりと、まるで、和製ニュー・シネマ・パラダイス的な映画生活だった。

広告はスライド入稿だった。スライド映写で広告を投影する。当時は映画館で広告が出稿できたのだ。メディア業界の構造に初めて触れた。

また、英写室で見る映画は、格別だった。
のぞき窓から、客席の最後部から見るのだ。
しかも、カタカタとスプロケットが回りながらの機械音と紫煙のたなびく映画館を見下ろしている。当時、映画館では「禁煙」であったがタハコをのむ人でいっぱいだった。今では考えられない。

フィルムチェンジは、左上の「◯」が一瞬、出ている間に、同じシーンが投影するようにサブの映写機をシンクロさせるのだ。いまでいうところの音楽のDJプレイを、映写機でやるのだ。

緊張の瞬間だ。

昔はよく映画の途中で、これがズレてやりなおしとかで待たされた事がある。また、途中でフィルムが切れたら、その場で修復する。
名画館にやってくるフィルムは、ロードショー館でかけたフィルムがズタボロになっているからよく切れる。だから最初、映写機に掛ける前に、巻き直す必要があった。手でクランクを回しながら、フィルムを巻き直す。
手袋をはめて、フィルムのコマを見る。24コマで1秒。ポジティブフィルムなので画像は見える。脳裏の中で映画がラストから再生されていく。

同じ映画を見続ける映写の仕事。これはとても楽しく思えた。しかし、これを作る「監督」の仕事のほうが面白そうだ…。

しかし、この音楽の魅力の方に、導かれるのは007の作曲のポール・マッカートニーが元ビートルズのメンバーだとあとで知ったからだ。

https://www.youtube.com/watch?v=6zkHeij6Ha8

当時は、ウィキペディアもない時代。自分で積極的に本を漁らないとそんな簡単なことでさえも中学生のボクは知ることもできなかった…。

映画の熱病は、いつしか次第にビートルズへと変化していった…。

Category: KNN, lifestyle
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Toshiaki Kanda