「Web3.0型社会」インターネットの紀元前紀元後

Toshiaki Kanda 2007年04月05日 木曜日
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「Web3.0型社会」インターネットの紀元前紀元後

 約10年前、インターネットが普及しはじめた頃、企業がインターネット上にウェブサイト(ホームページと呼ばれHPとも略される)を作るのは、今まで紙で作っていた会社案内の替わりであり、広報の度に資料を用意したり、FAXを送る手間を省くようにするといったことが目的だったと思う。インターネットにサイトがあるというだけで、ニュースになったり、先進的なネットユーザー達の注目を集めるという効果もあった。今ではさまざまな機能が搭載できるようになり、企業がインターネット上にサイトがなければ企業としては成立しないほどでもある。
むしろ、会社がなくてもウェブサイトさえ、立派でしっかり作られているように映ればそれだけで安心されてしまうという変な現象まで起きている。

 その後、「EC(電子商取引)」と呼ばれる機能を使って、インターネット上に24時間365日オープンのショップを開店するなど、ビジネスに直接利用できるようにもなってきた。
ウェブ2.0時代に入ってからは、お客様とダイレクトにやりとりができる点が何よりも大切となり、企業サイトは広報機能だけでなく、いちばん稼いでくれる営業部門であり、商品開発のリサーチ部門として、さらにユーザーサポートまで、さまざまな多岐にわたる役割を担うようになってきている。もはやインターネット上でフォローできないことを探すほうが早いくらいだ。何でもインターネットでできてしまうという事も問題かもしれない。

 インターネットを使い慣れた人たちにとって、インターネットが登場する前の世界観は「インターネット紀元前」のごとく遠い昔に思えてしまうだろう。リアルとネットを比較する際に重要なのは、インターネットを後天的に学んだインターネット紀元前世代と、インターネットを幼少の頃から、自然に使ってきたインターネット紀元後世代では、ネット社会の捉え方がまったく違って当然だ。

インターネットがなかった頃はホテルの予約をしようと思うと、ぶ厚い電話帳で泊まりたいホテルを調べたり、うろ憶えのホテル名から104の番号案内でようやく電話番号を探し当て、市外電話を直接かけてようやく予約をとらなければならなかった。それが面倒ならば、近所の旅行代理店に手数料を払って人手を使って、今のインターネットでできるのと同じようなことをやってもらうしかなかった。

 インターネットが登場してからは、こうした作業は格段にラクになった。とりあえずホテルの連絡先は検索で探せるようになったし、メールで予約作業などもできるようになったからだ。けれども、その時はまだインターネットが使えるという目新しさだけで、解消されていない不便さには気が付いていなかった。

 実際、インターネットでホテルのサイトを探し出せても、サイトによってデザインが違うので、ページをくまなく見回さなければ、どこで予約ができるのかがわからなかった。電子メールで予約をしても、結局は直接電話をかけ予約確認しないこともしばしばだった。

 ようやく予約登録フォームのようなものが登場してからも、あらかじめFAXなどで申し込んで会員になっておかないとオンライン予約は利用できなかったり、使っているブラウザのタイプによっては表示が文字バケしていたり、入力した数字が全角文字でないから受け付けてもらえなかったりすることが多々あった。予約を確認した電子メールのプリントアウトをうっかり忘れると、フロントで確認のために長い時間まちぼうけをくったりと、さんざんな思いをする時代が続いた。
 この頃がウェブ1.0の時代とすると、同じインターネット紀元後でもウェブ2.0時代は格段に便利になっている。

 「旅の窓口」や「じゃらん」などのホテル予約サイトにアクセスして、泊まりたい場所と日時と人数と部屋のタイプを打ち込むだけで、価格順やおすすめ順などで予約可能なホテルが一覧表示され、そこから比較して好みのホテルをオンラインで支払いまでできるようになった。
 ホテルサイトを使わなくても、グーグルでホテル名を検索すれば、公式サイトから格安で予約できるサービスサイト、さらに、そのホテルに以前宿泊したことのある人たちの感想までもブログで探し出せるし、近くにあるおすすめのレストランや観光スポットの情報まで手に入れられる。
 こう書くと、「ウェブ2.0」で、究極の情報サービスが手に入れられるかのように見える。けれども、実際は「ウェブ2.0」時代でさえも、満足する情報を手にするまでに、ボクたちは一体何度キーボードを叩き、マウスをクリックしなければならなかっただろうかと気づいてしまうのだ。旅行代理店に1本電話すればいいことが、気がついたら1時間以上もネットで調べていたということもしばしばだ。

 たしかに「ウェブ2.0」は無限に情報を提供してくれるが、あくまでもそれは『究極のセルフサービス』という条件付きなのである。ウェブ2.0時代になってもまだインターネットは、ユーザーが働きかけないと何もしてくれない、本当は「ウドの大木」だったのだ。

  そこで、当然求められるのは次の時代にやってくるであろう「ウェブ3.0」という進化したウェブの登場である。
 たとえば、出張が決まったと同時に、普段からスケジューラとして使っているインターネット・カレンダーに出張先とアポイントを書き込むだけ。すると、そこから出張先までの交通手段や何時に出発すればいいかを自動的に計算し、宿泊する必要があれば候補となるホテルも探してくれる。さらに出張先の移動手段なども候補を提案してくれる。企業が「ウェブ3.0」に感心が高ければ、カレンダーと連動して、出張報告書や経費計算も転記してもらえる。最初の頃は、情報から自動的に検索される候補数は多いけれど、繰り返し使ううちにカレンダー側に情報が蓄積され、精度が上がっていくようになる。そのうち、ユーザーの加盟しているクレジットカード会社や系列会社の福利厚生、割引やクーポンが使えるサービスまで表示してくれる。このように「ウェブ2.0」ではユーザーがすべて自分で考えて行っていたことを、最低限の入力情報から解析して、あたかも秘書や執事のように処理してくれるのが次にやってくる理想のウェブのカタチだろう。

この理想は、一朝一夕にはいかない。なぜならば、リアルな企業が仕事をしやすいように整備し、情報を公開していかなければならないからだ。今まで企業はノウハウやデータは利用されないようにと囲いこみ、隠すということで、利益を守ってきている。つまり企業秘密というベールに包み隠すことによってノウハウの流出を防ぎ、利益を確保してきていた。

しかし、今は違う。公開し、使ってもらえばもらうほど便利に役に立ち、データを共有している人たち全体が利益を導いてくるステークホルダーの時代なのである。ステイクホルダーは日本語では利害関係者という意味になるが、広義では、顧客から地域、社会、政府にまで利害は関係してくる。

ネット企業のみがデータをいくら共有化しようとして働きかけても、すぐにサービスは限界に達してしまい、エキサイティングでドラスティックな変化はなにも起きようがなかった。しかし、リアルにモノを動かしている企業の不便は、いままでいろんな企業が不便を解消するサービスを提供しながらも、一気に不便を解消しないところにビジネスモデルがあった。以前よりも、不便はなくなってきているし、コストもあっていれば、誰もそこに対してメスをいれようともしないし、問題意識も薄れてくる。

しかし、ネット企業の究極のサービス、ユーザーが本当に満足するサービスレベルでは、今までの不便を解消する程度では、まったく意味をなさないのである。業界や地域や社会全体が、本当にそれぞれの不便を解消するためにどうすればいいのかを本当に真剣に考えなければならないのである。

たとえば行政サービスでパスポートがICカードになり、免許証もICカード化されるが、それぞれがそれぞれの偽装に対してのみ考慮しているだけで単機能の情報ICカードとしてしか意味をなさない。

このパスポートのICカードのデータや免許のデータを統合することができるともっと便利なことが一度に達成できる。省庁間の業務の隔たりや市町村の業務の障壁に一番困っているのはあくまでも国民であり市民であるユーザーである。

パスポートに免許にはさらに、国民健康保険や電子カルテなどもヒモづけすることができるだろう緊急の交通事故などの際には、服用できない薬のアレルギー反応がICカードの情報から判断されたり、加盟している保険、家族への緊急連絡にいたるまでヒモづけることで便利なことは限りなく発生することだろう。

また、それらがヒモづけられることによって、個人情報の漏洩が心配されるかもしれないが、それらを上回るベネフィットがあれば、ボクの場合は、利用していきたいと考えている。誰もがその情報を読み取れる必要がないので、関係行政機関だけで情報を共有すればいいと思う。
極端にいうと、QRコードやバーコードもっとデザイン性がよければ、手のひらにタトゥーとしていれて、情報を公開するといったこともチャレンジしてみたいと思っているほどだ。しかし、それをすることのメリットが享受できないので、そんなことをする人はいない。

たとえば、身元確認用のQRコードを体内に刷り込んでいれば、飛行機のボディチェックを並ぶ必要がないというようなことがあれば率先してやってみたいと思う。そこまでする人はすくないかと思うが、何枚もあるクレジットカードのサービスを、データでまとめて一枚で管理できればどれだけ面倒でないかといつも思っている。

財布は札のふくらみではなく、クレジットカード、銀行カード、ショップカード、コーヒーカード、ポイントカード、会員証などのさまざまな物理的なカードによってパンパンに膨れ上がっている。
これらをクレジット、銀行、ローン系と、それ以外のカードをひとまとめにして、最低2枚のカードと指紋認証や静脈認証カードだけで認識してくれれば、どれだけ財布に札のためのスペースをあけることができることかと思う。

ウェブ2.0の定義で、ネット上のサービスの意識はかなり高まったが、リアルのサービスの質はまだまだ改善の余地がありすぎる。これらの情報がリアルもネットもシームレスに連動することによって、ウェブ3.0ともいうべき明るいネット社会のはじまりをボクたちは見届けることができるのではないだろうか?

 特に日本では、個人情報の問題とかセキュリティが対応できないから…とグズグズとモタついているうちに、グーグルのような海外の巨大ネット産業がいきなりサービスを始めて、おいしいところをすべてさらわれてしまいかねない。
今、一番リスクなのは、企業が何も動きがとれないまま、ビジネスモデルが構築できていないからと、何もしない「脳死」状態が一番リスクであると感じる。

「ユーザーが望むことを実現する」というシンプルな命題で、空気抵抗のないネットの世界を制したグーグルがリアルな世界へ進出してくるのは時間の問題であろう。今は、まだ広告関連であるが、本当に人々が喜ぶ情報サービスを考えると、金融サービスから、物流サービスまで、サービスと名のつくリアルな世界へ続々とネット社会の文化を注入し、新たなネット社会を築きあげてくることだろう。

グーグルを敵対視したり、日本だけでとか、日本の民力とか、日本人の手でというセンチメンタルなナショナリズムは、不必要だ。それはサッカーのワールドカップゲームのためにあるものだ。

グーグルの目指す立ち位置は、常にユーザーのベネフィットである。こんな簡単なことがリアルの世界ではさまざまな積み重ねられたコストによって、巨大な空気抵抗となり実現が不可能であった。

せめて、日本の企業は、小さな、自分たちの小さな業界小さな地域、小さなコミュニティだけでもいいので、ユーザーのための便利なネット・サービスを考えるべきだろう。つまりミニミニ・グーグルとなれるようなサービスを展開することによって、グーグルの視点に立つことができるのである。

また、グーグルも全能の神ではない。何かの都合によって、一瞬にして人々の信頼を失いあっという間に吹き飛んでしまうことは、ありえるだろう。たとえば、グーグルに頼るネット社会になって、1週刊、「検索」と「Gメール」の機能が停止してしまったら、グーグルという会社はもう存在価値を失っていることだろう。

リアルの店舗では一ヶ月後にリニューワルなんてごく当たり前の世界であり、期待させられるが、ネットの停止はネット企業では死を意味している。

 日本人は思慮深く、遠慮を美徳とするので、コンピュータやネットのサービスに対しても非常にやさしく、物静かだ。だが、道具や技術は酷使してはじめて、最高のパフォーマンスを発揮するものなので、もっと使いたおさなければいけない。「ウェブ3.0」という本当に使えるインターネットに育てあげるためにも、こんなことも、あんなこともできなければいけないと、もっとわがままにならなければならない。

また、リアルなサービスについても、常識をまず疑う。なんでこうなるんだろう?と常に疑問視を抱き続けていないと進化などありえない。

ウェブ3.0は、決して技術の次世代モデルではなく、2.0で気づいたネット社会の特性をリアルな社会へ反映させ、さらにそこからリアルとネットの歩み寄りを模索しはじめていくフェイズを象徴したバージョンとなるであろう。

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