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【wikipedia】1888年、空気入りタイヤが生まれたきっかけは獣医師のダンロップからだった 

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wikipediaに追記しました。

1888年、スコットランド人獣医師のジョン・ボイド・ダンロップは息子のジョニーから自転車をもっと楽に早く走れるようにするにはどうしたらいいと聞かれ、その時はただ、「練習しなさい」とだけ答えた。しかし、ジョニーが自転車のタイヤを壊してしまった時に、あるヒントが頭に浮かんだ。  それは、タイヤの構造が動物のおなかと似ているという事であった。ジョン・ダンロップは、ジョニーのために獣医の知識を動員し、ゴムのチューブとゴムを塗ったキャンバスで空気入りのタイヤを作り、木の円盤の周りに鋲で固定した。これが世界初となる空気入りタイヤの発明であり、同年に特許を取得し翌年の1889年にダンロップを設立した。

しかし、ロバート・ウィリアム・トムソンが1845年に同じような特許を提出しており、法廷で争う。
19世紀はまさに特許で争うことに時間がかけられた時代でもあった。

ダンロップミュージアム

 

1890年、ドイツ系アメリカ人のハーベイ・ファイアストーン(元の姓は「Feuerstein」フォイアーシュタイン) は馬車用のゴムタイヤを製造していた。1904年ファイアストーンはヘンリー・フォードのタイヤ製造を行う。

Harvey Firestone, Henry Ford, Thomas Edison

 

1908年、ヘンリー・フォードがT型フォードを発明する。発売価格は850ドル
ベルトコンベアによる大量生産方式だが、そのベルトコンベアは、フォードが務めていたエジソンの失敗した金鉱鉱山ビジネスのベルトコンベアからインスパイアされている。

当時の賃金相場は1日2ドルだが、生産ラインで重労働するものは、1日5ドルの高給が支払われ、誰でも一年勤めれば自動車が買える給与体系となった。

注目したいのが、クルマのUIともいえる、アクセル、クラッチ、ブレーキ。それはピアノのペダルからインスパイアされたということだ。ピアノのペダルのダンパー、ソフテヌート、シフトのメタファーを持ち込んでいる。 T型フォードは、「誰でも買える」 だけではなく、「誰で運転できる」 を実現した。

1923年(発売から15年目)には、年間121万台のベストセラーとなるが、1925年には、290ドル(34%)にまで下がる。それでも1927年までの19年間で1500万台以上が製造された。

 

1920年、エナメルの黒一色しかなかったT型フォードに、新しいラッカー系塗料を開発したデュポン社のピエールSデュポンは、出資先であるGM(ゼネラルモーターズ)にアルフレッド・ストーンを送りこみ、大衆車のシボレーを多彩な塗装をする戦略「モデルチェンジ」でフォードの市場を塗り替えていった。単一車種単一カラーのT型フォードから、多品種他モデルの戦略で市場を奪っていった。

デュポンの歴史 

 

 

 

1930年、石橋正二郎は、ゴム足袋を作っており、日本足袋株式会社のタイヤ部から1931年ブリジストンタイヤ株式会社設立。モータリゼーションの波が訪れる。長女の石橋安子は、鳩山威一郎と結婚し、鳩山由紀夫、邦夫兄弟の母。約300億円の資産家

  

 

 

 





 

 

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