佐野研二郎さんの事務所が東京五輪エンブレムの取り下げを発表した。
http://www.mr-design.jp/
似ている似ていないのデザイン論に、ボクは「素人判断の怖さ」を感じてはいる。しかし、エンブレムの展開例にまで一般のブログやピンタレストからのトレースが露呈されてしまっては、佐野研二郎氏側のスタッフの管理不足としか言えない。オリンピックエンブレムに関しては、佐野研二郎氏個人の出品と断言している。展開例としてもスタッフの助けを借りたとは言えなくなってしまったのだ。
さらに、引用先のコピーライトを消してまで使用というのは、悪質と言われても仕方がない。取り下げという判断は仕方がないと思う。
https://sleepwalkingintokyo.wordpress.com/2012/05/31/japan-haneda-airport-tokyo/
http://www.tomorrowland.com/en/dreamville/gathering
なぜ、もっと早くこのトレースに気づかなかったのか?
なぜ、エンブレムの展開例を指摘される前にスタッフの口から、トレースしたものをすべてゲロさせられなかったのだろうか?エンブレムそのものの潔白よりも、エンブレムの展開案という、ごく限られた一部の人向けへの理解の為のものなので、引用部分を明確にしておけばよかっただけだと思う。
それは、あくまでもコンペや公募の後の実施のイメージの確認のためのツールだったはずだ。かつてであれば、レンタルポジやイメージ画像を使って表現できた部分だ。しかし、ネットで検索して合成するという手法がデザインの仕事として行われていたとすると致命的だ。
展開例は、エンブレムそのもののデザインには関係がない。しかし、佐野研二郎氏の事務所から出されたということにはかわりはない。しかしだ…。
大会組織委員会の態度
https://www.youtube.com/watch?v=8L7OBdYNKb0
大会組織委員会は、佐野研二郎氏からのデザインの取り下げがあったから、取り下げるという。佐野さんは責任をとった。しかし、大会組織委員会は責任はないのだろうか?
それはすべての問題を佐野研二郎氏へなすりつけて終えるという姿勢ではないだろうか?また振り出しからスタートという新国立競技場と同じことになっている。
すべてにわたって、責任の所在地が明確になっていないことが一番の問題ではないだろうか?
委員会という名の合議制が、すべてを有耶無耶にしてしまい、お飾りの会長は、委員にまかせている。委員は選ばれたから参画している…。
むしろ、公募で審査で選ぶというスタイルそのものを踏襲するのならば、審査員を選ぶ段階から誰がどういうプロセスで選んでいるかを見せるべきだろう。むしろ、火中の栗を拾ってくれるようなデザインボランティアから公募を集め、国民の意見も集めて選考するようなスタイルをとるべきではないだろうか?
オリンピックのための集まりの人たちに、オリンピアの精神がどこにもない…。
本当に今度のオリンピックは呪われているとしか言いようがない。