http://www.tai-sho-ken.com/top.html
「東池袋大勝軒」創業者の山岸一雄(やまぎし・かずお)氏が、1日、心不全で死去。 80歳。告別式は8日に予定している。
「つけ麺」の考案者として知られ、1961年に東京都豊島区にオープンしたラーメン店は人気となった。同店からのれん分けをした店が全国各地にある。
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150402-OYT1T50070.html
山岸さんは16歳で上京し旋盤工として働いていたが、翌年から兄のように慕っていたいとこに誘われてラーメン店で修業を始めた。1951年に東京都中野区にラーメン店をオープン。結婚を機に独立し、61年6月に「東池袋大勝軒」を開業した。
看板メニュー「特製もりそば」は、修業先のまかないから生まれた。調理して余った麺を1本、2本と丼に集めて、湯飲みにつゆやタレを入れてつけてざるそばのように食べていた。独立後もまかないとして食べていたところ、常連客が「食べさせてほしい」と要望。大好評でメニュー化した。
「特製もりそば」はつるりとした食感とコシの強い麺に、甘酢っぱいスープが特徴。修業中に朝から晩まで製麺した経験が、自家製麺の礎となった。当初から行列店として人気となり、石原裕次郎さんやフランク永井さん、丹波哲郎さんらスターも常連だった。子供がいなかった山岸さんは、弟子を次々と受け入れ100人以上を育てた。のれん分けした店は北海道から沖縄、米ハワイまで100店舗以上となっている。
55年に及ぶ立ち仕事と湯切りで手や足腰が弱り、引退を決意。07年に東池袋の「大勝軒」が一時閉店した際には約400人が列をつくった。この模様がメディアで大きく報じられたことなどがきっかけでつけ麺ブームに火がついた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150402-00000008-spnannex-ent
ボクは、つけ麺を美味しいと感じた事が一度もないので、あまり興味がなかったが、ここまで新たな麺のジャンルを築いたという意味での山岸一雄さんのイノベーションはすごいと思う。
つけ麺 市場規模
つけ麺とは…
茹で上げた麺を冷水でヌメリを取り、締めてから皿やざるに盛り、別の器についだ熱い(もしくは冷たい)スープに一口分ずつ漬けながら、ざる蕎麦のように食べるのが一般的。一旦締めた麺を温めた状態で提供することを「あつもり」という。
日本のつけ麺の発祥には諸説存在するが、1955年(昭和30年)に東京都にある大勝軒にて山岸一雄が開発・商品化したという説が定説になっている。
山岸が東池袋大勝軒を独立創業する以前17歳の時に勤めた修行店で、残ってしまった麺を、スープと醤油を湯のみ茶碗に入れ浸して食していた賄食がベースである。1年後、修行店から山岸が「兄貴」と慕っていた従兄弟の坂口政安が独立することから一緒に行動を共にし『大勝軒』(中野店)を立ち上げた。後に坂口が別の場所に本店(代々木上原店)を構えた事により、山岸が中野店の店長として任され活動していた頃、引き続きこの賄食を食していた。それを見ていた客の関心を惹きつけ、試食してもらうと好評価を得たことから「これをメニューにしたら売れるかもしれない」と感じ、様々な試行錯誤の後、冷やし中華の甘酸っぱさを参考に酢と砂糖で調味し、麺の量は見栄え良くするためラーメンの3割増しにして、メニューの一品「もりそば」として完成させた。
1955年「特製もりそば」(当時の代金40円)として供されたのが商品化された最初のつけ麺とされる[4]。また、その3年後に坂口の本店からもつけ麺と同様の「つけそば」が独自研究開発されて商品化となった。1961年(昭和36年)山岸が東京都豊島区東池袋に『東池袋大勝軒』として独立創業(暖簾分け)した際も味を受け継いでおり、甘酸っぱいつけだれと弾力ある麺の食感とボリュームで人気を博した。
つけ麺の名称が最初に使用されたのは1973年(昭和48年)頃『元祖つけ麺大王』によるものとされる。
1970年代後半にはつけ麺ブームが発生しており、呼称として「つけめん」「もりそば」「つけそば」のほかに、「中華盛り」などの別呼称も存在した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A4%E3%81%91%E9%BA%BA
❏つけ麺の消費者は、東京近郊県に在住の20~40歳男性がメイン。日本のラーメンの市場規模の内、つけ麺の市場規模はいいとこ1~2%くらい
❏【つけ麺好き100人に聞いた『つけ麺が好きな理由』 】
第1位「熱くない」29人/100人中
第2位「麺が伸びない」12人/100人中
第3位「スープの味が濃い」9人/100人中
(tv asahi|テレビ朝日 シルシルミシルHPより
http://www.tv-asahi.co.jp/shirushiru/contents/bk/0106/
[訃報]山岸一雄 永眠東池袋大勝軒本店 創業者・初代店主の山岸一雄が、
4月1日(水)に、享年80才にて永眠いたしました。
ここに生前のご厚誼に深謝し、謹んでお知らせ申し上げます。
通夜ならびに葬儀告別式を執り行います。
● 御通夜
4月7日(火) 午後6時〜
● 葬儀告別式
4月8日(水) 午前 10 時 〜11時 30 分
● 会 場
文京区 護国寺(東京都文京区)
[所在地] 東京都文京区大塚5-40-1
[交通のご案内] 東京メトロ有楽町線「護国寺」駅より徒歩1分● 喪 主
妹 斉藤 節子
大変申し訳ございませんが、各店舗への
お問い合わせはご遠慮下さいますようお願い申し上げます。
東池袋大勝軒本店 mail@tai-sho-ken.com
ラーメンの鬼」佐野実さん(63歳)多臓器不全
病室でもラーメン…まだ63歳2014年4月11日佐野さんは86年、神奈川県藤沢市に「支那そばや」を開店。ラーメンブームの火付け役として知られた。TBS「ガチンコ!」の「ガチンコラーメン道シリーズ」では白の厨房(ちゅうぼう)服、オールバックの髪で、料理人を厳しく指導。映画「ラーメン侍」などにも出演するなど、多くのメディアで活躍した。自身のブログは、2月14日の弟子の新店オープン時に「その勝負を掛けたラーメン、俺も食いに行くよ!」とつづったのが最後の更新となった。
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/04/12/kiji/K20140412007957650.html