マイケル・ムーアに学ぶ

Toshiaki Kanda 2004年06月12日 土曜日
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■KNNエンパワーメントコラム by日刊デジクリ
マイケル・ムーアに学ぶ

カンヌ映画祭の粋な、はからいに久しぶりに感動を覚えた。

パルムドールと呼ばれる最高賞に、マイケル・ムーア監督の「華氏911」が選
ばれたからだ。マイケル・ムーア監督といえば、「ボーリング・フォー・コロ
バイン」で、銃についての痛烈な批判を行ないアカデミー賞のドキュメンタリ
ー部門やカンヌ映画祭の特別賞に選ばれた監督だ。

しかし、今回は、堂々の「パルムドール」だ。これは意味が大きく違う。今回
の映画のテーマは直接、ブッシュ政権に影響があるために、米国ではmiramax
で配給予定であったが、米国政府がディズニーに圧力をかけ、傘下のmiramax
に上映させないという手順を踏んでいた。

マイケル・ムーア監督は、その政府の手法をあえてその時に話題にせず、この
カンヌ映画祭で「米国民にこそ見てほしい」と、米国で上映できない旨を説明
し上映した。カンヌでの上映後、スタンディングオベーションは25分間にも及
んだ。もちろん、パルムド−ルの最長オベーション記録だ。

報道を規制されている米国メディアであっても、パルムドールを受賞した米国
映画をメディアで紹介しないわけにはいかない。カンヌ映画祭の米国に向けて
の、強烈なデシジョンにこそ、拍手を送りたい。

washingtonpost
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A48715-2004May22.html
NewYork Daily News
http://www.nydailynews.com/front/story/196241p-169380c.html
New York Times
http://www.nytimes.com/2004/05/22/movies/23canne.html?
ex=1085889600&en=17efd1572cfac16f&ei=5062&partner=GOOGLE

フランスの映画祭が単なる映画のトレーディングイベントに終わるのではなく、
米国政府の圧力によって封じられようとした風穴を、パルムードールを受賞す
ることによって見事にこじあけたのだ。

米国での上映規制は、米国民に、この映画へのさらなる関心をあおり、きっと
全米での公開にこぎつけることであろう。そして、さらに支持率が低下するブ
ッシュ政権に対してこの映画は、追い打ちを与えるに違いないだろう。いや、
決定打を与えてしまうのかもしれない。

今回のイラク戦争は、ベトナム戦争の頃の米国を彷彿させるようでもあり、一
年すぎても沈静化するどころか、来月になっても安定しそうにない状況である。
当然、自治を促す体制を邪魔さえしているようにも見えてくる。しかし、米国
民には、その現状は、メディアコントロールによってまったく見えてこないの
が現状だ。

「カメラ片手に突撃アポなし取材」という、破天荒な報道スタイル、今までに
ない報道手法が世界を動かし始めているのは事実であろう。

日本においても、日本テレビが小泉首相の訪朝前にスクープとして、テレビ朝
日が「コメ支援」の情報を流したことによって、規制がおこなわれたという。
そういえば、小泉首相の年金問題は、宇都宮市の発砲立てこもり事件と訪朝に
よる拉致家族解放の狭間で、すっかり「旬のネタ」から、はずれてしまったよ
うだ。

メディアは、小泉首相の運の良さを伝えるが、果たしてそうであろうか? す
べてが計算づくであってもボクは、おかしくはないと思う。もしも、マイケル・
ムーアが日本にいたら、どんなドキュメンタリーを作るかと考えてみた。

辞任を要求する野党も、小泉首相の代わりをキチンと用意してから、騒がない
と単なるお騒がせ政党に終わってしまうだけだ。ネガティブな批判で足をひっ
ぱりのではなく、与党よりも、いいアイデアや政策でチャレンジしなくては、
野党の勝ち目はないはずだ。

マイケル・ムーア監督の映画は批判だけにおわらず、解決策も示唆されている。
批判はできるが、解決できる手法がない某国の野党と大違いだ。しかし、解決
策が、わかっていながらも行動に移せない大国ほど、我が国はまだ病んでいな
い。大国病に感染する前になんとかしなければならないのではないだろうか?
 まずは、病気に汚染されていないメディアを嗅ぎ分けるリテラシーを個人が
持つ必要がありそうだ。

Category: コラム
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Toshiaki Kanda