1,106 Views

命いただきます いのちの授業

命いただきます

【情熱大陸】いのちの授業・・ニワトリを食べるまで・・・

ブタさん、いのちをありがとう

いのちの食べかた 「近代的な屠場」

宮崎県とJA宮崎経済連のPRコマーシャルを見た。

食卓で家族団欒の夕食シーン携帯しながらトマトを食べる娘…ひじをついて、テレビを見ながら食べる弟…新聞を読みながらのお父さん…そして、つまらなそうなお母さん…
家族の食卓に、言葉がないインサート映像には、草木がのびる映像。収穫で額に汗するおじさんの表情…。

ナレーションでは、
「最近あなたは”いただきます”をいいましたか?」最後に「いのちに感謝」でしめくくられる。

ひさしぶりに、ハードディスクを巻き戻してまで見たいと感じたCMだ。JAの予算消化型のコマーシャルなんだと思うが、とても気になった。できるものなら、「いただきます」の語源にふれてほしかった。

「いただきます」には、「(食べられる者の命を)いただきます」という意味があるとボクは小学校6年生の時の担任の池口先生に給食の時に教わった。その日から、食べられる者への感謝の念をもって、「(命を)いただきます!」ということを覚えた。

母に、そのことを夕食時に伝えると、町内中で池口先生はいい先生だという評判がたった。さすがボクの母だ。長らく「いただきます」の本当の意味をに忘れていたけど、このコマーシャルによって思い出させせてくれた。

最近、一緒に食事をして勘定をすませても「ごちそうさま」さえ、言ってくれない女性が増えているだけに、これからは、声をだして「命、いただきます」と言うようにしてみたい。

「ごちそうさま」にも、意味があり、「馳走」は、客をもてなすために走り回り用意をするということであり、それに対して感謝の意味をこめてさまをつけたのが、江戸時代の後期から食後のあいさつとなった。

ちなみに、英語で、「いただきます」は、「レッツイート」。ご馳走様は「サンキュー」だから、とても味気ない。

デジクリNo.1476号で「人生は、たったの3万日」と書いたが、
http://backno.mag2.com/reader/BackBody?id=200403011430000000005757000
単純に82年間生きて、毎日3回、食事をとって(365×3×82)も約9万回しか食事のチャンスはない。つまり人生で食事の機会は多くて9万回なのである。

また、毎日欠かさず3食食事ができる人でもなく、生後3年くらいは、自分の意思とは無関係に食べて、老後となるとさらに歯や体が悪くなり、自由な食事はできない。そうすると自分の意思で食べられる機会はさらに少なくなるだろう。単純に夕食だけを考えると、3万回しかないだろう。

しかも、80歳までの人生のうち、20代〜50代の自分の意思で夕食を選択できる時期を40年間に絞ると、1万5,000回にも満たなくなる計算だ。

さらに、週に一度くらいしかゆっくりと食事ができる機会がなければ(1.5万/7日)、2,142食となる。この長い人生において夕食を楽しむ機会が2,000回しかないという。ああ、なんてはかない…。

そのうち、大事な人との記念日やウキウキするディナーがなければ人生なんてさらにつまらないものになってしまう。

あなたは、このたった2,000回の、人類にのみ、神からあたえられた万物の命を美味しくいただける機会を楽しんでいますか?

ボクはこのJAのCMから、2,000回の夕食を有意義にするために、自炊から外食にいたるまでもっとクリエイティブにしたいと思った。

この記事に関連する記事