SONY創業者 井深大 いぶかまさる
米国でトランジスタの特許が公開された。それをSONY創業者の井深は早速、エンジニアの岩間和夫を、アメリカへ送り込んだ。
トランジスタ開発会社は、工場見学を許した。しかし、特許は公開はしたが作り方までは公開していないと言う。
そこでメモや写真を撮ることさえ許さなかった。
しかし岩間は記憶を頼りに、製造方法を思い出し、リポートを日本の井深に送った。
これがソニーのトランジスタのきっかけとなる『岩間レポート』だった。
1990年代、韓国のLGやサムスンがソニーの技術を盗んだといろいろ言われたこともあるが、それはソニーがアメリカからトランジスタを盗んだだのと一緒だ。
そして、現在では、Huaweiに技術が集まる。
SONYの偉大なところは、最初はパクリからスタートしても、そこからのイノベーションが良かったところだ。
たとえ、『ソニータイマー』と揶揄されようが、革新的な製品を生み出していった。初期不良は、織り込み済みだ。
初期ロットは少なめで、出してから不具合を、解決するという破天荒なベンチャーであった。
いつしか、売れる商品しか作れない普通の会社になってしまった。
オトナになってしまったのだ。
小さくすることはとても重要な要素だ。小さくしたことによって、次のニーズが見えてくる。
トランジスタラジオは、かつてテレビのような大型の真空管ラジオから、いつでもどこでも、イヤフォンで音楽が聴けるようになった端末を生み出した。
柱時計が、懐中時計となり、腕時計となったように、ウエアラブルで、モバイルで、ポータブル。
身にまとうようなデバイスで全てを実現するとスマートフォンへ、継承される。