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手塚治虫スーパーエピソード

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手塚治虫さんのエピソードはすごいものばかり…

アトムを解説する手塚治虫さん。

アトムの最終回を悲しむ子供たちのために、アトムを蘇らせたらまったくうけなかったという…

「ブラックジャック」「三つ目がとおる」「火の鳥」の3本の作品を同時進行させ、バラバラに書いていた…。
中途半端に印刷所にまわされないため、原稿のページ数はバラバラだったという…。
タクシーの中でも原稿を書く…。病床のベッドの上でも原稿を書く…。

あの人に会いたい「漫画家 手塚治虫」

ジブリ鈴木敏夫  
素顔の漫画家・手塚治虫を語る!
なぜ、駄目なマネージャーを使うのか?

がが青春のトキワ荘 ナレーション藤子不二雄
東京都豊島区椎名町「トキワ荘」

手塚治虫「ディズニーさんとぼく」

これは、手塚さんとディズニーさんとの間の、パクリではなく、作品性の中でのリスペクトに対する共通の認識だったと思う。

「エンタメ」の夜明け ディズニーランドが日本に来た! 馬場康夫著 講談社より

「ディズニーさんとぼく」

こういう題をかきましたが、ディズニーさんとはあったこともないし、だいいち、ぼくとはおやこほどとしがちがいます。

でもぼくは、ディズニーさんを先生というより、おとうさんのようにしたっているし、大すきなのです。

ディズニーさんの映画でなんといってもいいのは、どの映画も、よわいものや、ちいさなもののみかたになってつくられていることです。それから、もうひとつ、どんな悪者がでてきても、かならず心の底に、なにかやさしさと、したしみがかくれているからです。ぼくは、バンビやわんわん物語が大すきなのですが、マンガ映画で、涙がでてきたのは、けっしてぼくがおセンチのせいではないでしょう。

ディズニーさんのえらいところは、世界じゅうのこどもたちのために、映画だけではなく、いろんなおもちゃや、遊園地をつくって、自分の夢をどんどん実現していったことでしょう。

はじめは、とてもまずしかったそうです。おくさんと、豆ばかりたべながら、ミッキーマウスをつくった話をきいていますし、白雪姫ができあがったとき、一文なしになって、みすぼらしいかっこうをしながら、白雪姫の映画館のまえの、お客の長い列のうしろでじっと立っていた話も聞いています。お金もうけのためや、じぶんの名まえをうるだけのためなら、とてもできないことです。でも、世界じゅうが―日本でも―ディズニーさんがやりとげたことを、あとから、どんどんまねしはじめました。ぼくだって、ディズニーさんのあとをおいかけるために、絵をそっくりまねしたものです。

このあいだ、ディズニーランドのまねをした、遊園地へいってきましたが、なにからなにまで、ディズニーランドそっくりなのですが、なにか、ひとつものたりないものです。見おわって、そのたりないものがなにか、やっとわかりました。こどもたちへの愛情だったのです。つまり、ほんとに心のそこから、こどもたちのためにつくったものではなかったのです。

ディズニーさん、どうか長生きして、もっともっと、世界じゅうのこどもたちをよろこばせてください。

「ディズニーの国」という、ディズニーのいわば公式雑誌に手塚が寄せたこの一文は、軽やかな文章とは逆に、その内容はとてつもなく深く重い。特に「ぼくだって、ディズニーさんのあとをおいかけるために、絵をそっくりまねしたものです。」という一節には、心を動かさずにはいられない。なぜならそれは、手塚治虫が、ウォルト・ディズニーは「好き」で真似した相手を訴えたりするはずがないと、心から信頼していた証拠だからだ。

そもそもディズニーの長編アニメの大半は、世界の有名なおとぎ話のリメイクである。

エンタテイメントは、先の時代を生きたクリエーターの愛と信頼に基づく模倣の積み重ねであることを、シェイクスピア以降、誰よりも明確に示したのは、ウォルト・ディズニーその人であった。ディズニーランドのアメリカ河に浮かぶ、トム・ソーヤ島やマーク・トウェイン号を見るたびに、私たちはマーク・トウェインの作品に憧れ、模倣し、それを乗り越えたウォルトの、マークに対する心からの尊敬と愛情を感じて、微笑まずにはいられない。
http://dream333.seesaa.net/article/294798496.html

なんと200作品、ミニチュア本 7480円(69ドル) 
目がよければなぁ…。

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